「Tokina AT-X 124 PRO DX」タグアーカイブ

【茨城】(株)K立工業

2009年に撮影した、茨城県某所の廃工場。
この当時まだGPSアダプタを持っていなかったため、撮影場所が現在となっては分かりません。

茨城県まではわかるのですが、廃墟検索地図さんのサイトにも未掲載、またこの会社の名前で検索しても、こことは関係のない現役の会社がヒットするだけでした。
Yamaroオリジナル物件と言えるかなと思うのですが、周りは畑しかない田舎道とは言え、道路沿いに面していただけに、誰も知らないというのも不思議な話。
恐らく現存していないと思われます。

事務所の日めくりカレンダーは、1997年(平成9年)5月で終わっており、この辺りで廃業、もしくは倒産したのかと思います。
カレンダーには栃木県の建築会社のものもあり、よく見ると以前住んでいた場所のすぐ近くで、しかも家を買う際に検討した会社の一つだったりしました。取引があったのでしょうね。

事務所の棚には、いくつかの物件の建設や解体に関わったと思われる、地面や書類の棚が。一方、机やリース機器は積み上げられていて、最後はどういう状況だったのか? 金庫は人為的にこじ開けられた跡がありましたが、恐らく地元のヤンキーの仕業でしょう、入っているはずもないのに。

一方工場は、ゴミの山で、恐らく廃墟になってから不法投棄された、または地権者が捨てたのか。
黒い大きな袋(酪農で見かける牧草を入れるような袋)が大量に積まれた部屋もあり、中身は謎です。とにかくごみの山でした。
割と大きな工場も、人がいなくなれば荒廃する典型ですが、どうしてこうなったか、思いを馳せてみるのも面白い。そんな感じの物件でした。

【岩手】国民宿舎山王閣 2009年4月撮影

アサブロにのみアップしていた、国民宿舎山王閣の写真を、再現像しました。
アサブロのコメントに、当時の写真を頂きたいとの書き込みがあり、再現像を行いました。

当時は、撮影量に対して、Web化が間に合っておらず、また当時のアサブロでは写真を多く掲載することに限界があり(現在もですが)、またHP掲載にもWordPressのようには簡単にきれいに作れるわけではなかったので、アサブロに選んで掲載する、くらいしかしていりませんでした。

撮影から10年以上経過し、その当時の写真が、今となっては貴重に、となってくる時期でもあります。写真の面白さは、撮った直後だけでなく、こうして10年20年、あるいは100年後にも違った支店で楽しめるということでしょう。半世紀前の写真なんて、今見ると全てが新鮮ですからね。

1974~78年の航空写真から、国民宿舎山王閣 国土地理院

さて、国民宿舎山王閣は、岩手県宮古市の三王岩を眺望できる高台に、1965年に開業しました。
国民宿舎ということで公営の宿泊所で、4階建てのコンクリートにプールの付いた、当時としてはモダンなリゾート宿泊施設だったかと思います。
国民宿舎は、1956年の制度化以降、1960~70年代にかけて、全国各地で開業し、廉価で整った宿泊施設を提供しましたが、70年代以降は民間の宿泊施設も多く建造されると、90年代以降は国民宿舎の老朽化と陳腐化により、閉業や民間譲渡される施設も多くなりました。

山王閣も1995年に民間に無償貸付されたものの、恐らく設備の老朽化も進み、改築に見合う営業収入を得ることが難しかったのでしょう。2001年に閉業しました。

海沿いの施設ということで、廃墟と化して8年後の撮影でしたが、その1年後の2010年には解体されたとのことです。そして、そのさらに1年後の2011年3月11日、東日本大震災により、宮古市も津波により多くの被害が出ました。

多分宮古市のホテルだったと思うが、どのホテルだったか思い出せない… ここも津波被害はあったと思われる

この撮影の前日、宿泊したのは宮古市のホテルでしたが、海沿いでしたから、震災による津波被害は恐らくあったと思われます。残念ながら、ホテルの写真はこの1枚のみで、周辺写真は撮っていません。
たろう観光ホテル…だったかも知れません。もし、この写真を見て、どのホテルかわかる方がいましたら、コメントいただけるとありがたいです。

撮影は、田老鉱山撮影後で、三王岩を見たいと思ってたまたま行ったら、山王閣があった、という偶然で撮影したものです。疲れていて、あまり気合の入っていない写真ですが、よろしければご覧いただければと思います。
なお、現在は前述の通り建物は解体され、周辺は整備されて山王園地となっています。

山王閣からはそのまま海岸の遊歩道につながっていて、浪打崎まで降りることが出来ました。

残念ながら、2019年の台風19号の影響で、この遊歩道が使えない状態となっており、現在(2020年9月時点)でも通行禁止となっているようです。実は、その復旧工事関係者より、復旧にあたり、山王閣のプールがあった平場が崩壊したため、プールがあった当時の状況を資料として使用したい、との連絡があり、今回写真の再現像に至りました。

写真って、こうして過去を示す資料でもあるんですよね。お役に立てばと思います。

【福島】湯野上観光ホテル 2009年4月撮影

同じ福島の横向温泉ロッジの後に撮影した廃墟。どういう経緯で行ったかは、今となってはあまり記憶にないのですが、この当時はドライブがてら撮影しに行くことが多かったので、たまたま廃墟レーダーに感知した(笑)物件を撮影しに行くこともありました。

今と違ってまだガラケーの時代、ガラケーでもネットは見れたけど、携帯専用サイト以外では表示も崩れてあまり使い物にならなかったので、当時はまだカーナビとまっぷる片手に、、次はどの辺りに行こうかと思案しながら行ったものです。

ここも、温泉街と言えば廃物件もあると言うだろうという、そんな感じで行ったのだと思います。

廃墟探索地図によれば、1981年(昭和56年)に開業するも、2年後には閉業し、その後放置され続けている、とされています。オーナーが夜逃げしたのか?
年代的にはバブル景気が始まって、観光ホテルも全盛だった時代ですが、温泉街からはやや外れた場所にあること、プールもありましたが、この地域だとあまり使える期間は短く、温泉街にプールは少し似つかわしくない印象です。アメリカの西海岸みたいな気候ならまだしも、福島の山奥ですしね。

また、撮影当時は、現役時に火災にあったのか、廃墟化してから放火されたのか不明としていましたが、1999年(平成11年)2007年(平成19年)に放火があったようです。

現存するようですが、火災物件は痛みも早いですし、場所柄どうしても肝試し的に使われているようですね。

この撮影はNikon D300でしたが、撮影に際しては三脚使用のため、現在の水準でもハイライト飛びはひどいものの、アンダー部分の階調は割と残っており、今回の再RAW現像に関しては、以前は黒つぶれで再現しきれていなかった部分も、だいぶ表現できています。

やはりRAW現像は、最新のもので行えば、当時うまく表現できなかった部分も何とかできることも多いですね。

そしてこの撮影に関しては、三脚を使用し、基本感度ISO200固定でフィルムと同じ用に基本に立ち返って撮影、これが大きいですね。
ダイナミックレンジが、今のカメラよりは狭かったD300ですが、基本感度で撮影することで、ダイナミックレンジを最大限発揮できます。

もちろん、今のカメラで撮影はしてみたいですけどね。

【福島】横向温泉ロッジ 2009年4月撮影

2009年4月、福島県は横向温泉ロッジを撮影してきました。

当時は精力的に廃墟撮影を行っていて、HPにも掲載していたのですが、この横向温泉ロッジの写真は、どういう経緯か忘れてしまいましたが、Adobe Flash Playerで再生するスライドショー形式で作成していました。これをすっかり忘れていまして、先日Twitterで横向温泉ロッジの話題が出て、自分のHPを見てみたら、表示できない。IEでは表示できまして、Flashで作っていたことが発覚。当時はFlashはまだ当たり前だった時代ですし、Flash形式のHPだと、画像の保存が簡単には出来ない、というのもありまして。
周知の通り、AdobeはFlash Playerを2020年末で終了、以降はダウンロードもサポートもしないため、Flashで作られたページは、今後見ることはできなくなります。

そんなわけで、今回、再掲がてら、RAW現像も1枚1枚やり直しています。やはり、最新のRAW現像ソフトでは、主にノイズ面で改善が見られる他、暗部の持ち上げ方から中間諧調にかけては、大幅に改善している気がします。
カメラは当時D300、レンズは主にTokina AT-X 124PRO DXで、廃墟撮影はこの組み合わせで行っていました。今のカメラとレンズで撮り直したいですね。
D300は、今となっては白飛びが多いですし、当時の画像処理エンジンではコントラストが高めに出ている感じでした。これをRAW現像では、最新のピクチャーコントロールを使って再現像しました。


横向温泉ロッジは、1960年代に建造されたとされており、1984年(昭和59年)には廃業しています。撮影時点で四半世紀が経過しており、現在も現存しており、既に廃墟歴は30年を超過、建物としては半世紀を経過しています。積雪地であることから、痛みが激しいようで、撮影当時でも、ボイラー室は一部浸水して凍結、屋根も一部崩壊するなど、痛みが激しかったです。

安達太良山を望む横向温泉は、福島県で初めて湯治が始まった温泉とされていますが、周辺は猪苗代温泉など有名観光地があり、結構山奥な横向温泉は、あまり旅館やホテルはないようです。

横向温泉ロッジは、写真を見ると、温泉だけでなく、夏季は温泉プールもあったようで、今で言う総合リゾート宿泊施設的な感じだったのでしょう。ただ、同じ福島には、ハワイアンセンター、現ハワイアンズも存在しますから、山奥深い横向温泉ロッジは分が悪かったと思われます。

1960年代から70年代にかけては、日本の高度経済成長とマイカーブームにのって、全国各地に温泉リゾート施設が作られましたが、現在でも存続しているのは、先程挙げたハワイアンズなど、ごく少数に留まっています。

どちらかと言うと心霊スポットとして挙げられることの多い横向温泉ロッジですが、高度経済成長時代の生き証人として、これからも存在し続けるのでしょうか?
それでは、2009年当時の写真を御覧ください。

なお、当サイトでは廃墟散策を推奨するものではなく、また現状は撮影当時より風化が進み、状況は悪化していると思われます。

HPの古い写真は、様々なアルバム形式で掲載していて、作成当時のネット環境を考慮し、解像度抑えめの写真が多いため、時間を見つけて、WordPress版に再掲載したいと思います。


おまけ「ドライブイン土湯峠茶屋」

横向温泉ロッジの近くにあった廃ドライブイン、こちらは2013年ころに解体され現存しません。上記写真と同じ日に撮影です。

2009年1月撮影「宇都野火薬庫跡」

先日、Twitterにも少し画像を載せましたが、2009年1月に撮影した、栃木県は足尾銅山関連施設、宇都野火薬庫跡の写真を掲載します。

足尾鉱毒事件で歴史的にも有名な足尾銅山ですが、発破作業のためのダイナマイトや信管の保管、火薬類の梱包作業所として1912年(明治45年)に石造りの建物、1917年(大正6年)にレンガ造りの建物が、そして1934年(昭和9年)に火薬類の梱包作業所が建造され、1954年(昭和29年)まで稼働していました。

その後長らく放置されていましたが、現在は国指定史跡となって保存対象となっています。

保存対象とは言え、10年一昔、経年で痛みも変わってくるはずです。というわけで、2009年当時の様子を、再掲載したいと思います。

どの建物も、木造の屋根は崩壊、または穴が開きつつあり、おそらく現在は更に崩壊しているでしょう。一方、石造り(大谷石?)や煉瓦の壁は、流石に頑丈で、最近の写真を検索しても健在のようですね。

万一の爆発事故に備えて、窪地に建物が立っているのが印象的でした。おかげで、丘から建物を見ることができます。

現在、定期的に見学会もあるようなので、機会があったらまた行ってみたいですね。