「NIKKOR Z 14-30mm f/4 S」タグアーカイブ

日原鍾乳洞を動画で撮ってみた

絶景の渓谷にある日原鍾乳洞、高低差の大きい鍾乳洞内を動画でも撮ってみました。
狭い場所もあれば、ちょっとしたホールのように広い場所もあり。自然に出来たのだからすごいですね。

鍾乳洞内の証明は比較的明るめだとは思いますが、流石に感度が上がってしまい、ノイズが多いですね。
こういう場所では、明るめの広角単焦点レンズが欲しくなります。

しかし動画は難しいな…。

日原鍾乳洞に行ってきた

せっかく奥多摩の日原という微妙に遠い場所まで出向いたので、日原鍾乳洞も見てきました。

ものすごい断崖絶壁の渓谷にある鍾乳洞、この雰囲気は昔住んでいた山梨県の昇仙峡を彷彿とさせますが、よく考えたら隣はもう山梨県でした。
そりゃあ東京都とはいえ、ほぼ山梨県なので、地形も似ているんですね。

内部は湿度が高いですね。なので足元は結構滑りやすいかも。底の厚い滑りにくい靴を推奨します。そして結構な距離を歩きます。

常にポタポタ水が滴っているのは鍾乳洞なので当たり前ですが、苔もあちこちに生えているんですね。
そして奥に進むにつれ、アップダウンが激しくなります。階段もだんだん急になってきます。場所によっては子供や老人には厳しいです。ただし回避ルートもあるのでご安心を。
まだ生死をさまよったことはないですが、三途の川も生きているうちに見ることが出来ました。

いやぁかなりの勾配、狭い道、濡れて滑りやすいし、上の写真のルートは子供や老人は推奨しないルートです。
思ったよりも広くて楽しめました。

急勾配を登ったり降りたりで足はクタクタ(笑

外に出て、道路の向かいにあった一石山神社で初詣をして、この日の撮影は終了しました。


今回の撮影は、デジタルはNikon Z 8NIKKOR Z 14-30mm f/4 Sで撮りましたが、マクロレンズも持ってくればよかったなと。Z 14-30mm唯一の欠点、最短撮影距離付近の描写はやや収差があって解像力が下がるんですよね。ただ、それ以外は、比較的軽量で周辺まで解像力も高く、良いレンズです。



奥多摩日原の遺構や建築物を見に行ってきた

連休恒例の撮影、去年は山梨でしたが、今年は同じ都内にすることに。ただし奥多摩ですが。
車を走らせること2時間、都内だけどちょっぴり遠い。奥多摩方面の国道411号線から更に山奥に入っていきます。道路は細く、すれ違いできない箇所が多い。
仮に雪が降ったり大雨が降ったら通行止めになるようです。

駐車場に車を停めて、500円を払って撮影開始です。

名目としては、この先にある日原鍾乳洞の臨時駐車場とのことですが、実際にはここから鍾乳洞は歩いていくには遠いです。なお、鍾乳洞の近くの駐車場は無料です。

日原小学校跡

廃校となった小学校校舎。こちらは廃校後も利用されているようで、しっかりと管理されていました。

山間の地域だけに、高低差が大きく、体育館は1階部分が道路となっている面白い構造。
この道路を歩いて先に進みます。

奥多摩工業日原寮独身寮

この日原で石灰石の採掘を行っている現役の会社、奥多摩工業のかつての寮です。

航空写真では、70年代には存在しているようですが、いつ頃建造されたかは不明です。
道路と後ろの傾斜地からの撮影のため、引いて撮影することが困難、広角レンズでの撮影となりました。
老朽化により壁などが剥がれて道路に散乱しないよう、ネットが張られていました。

背後にある傾斜地から撮影、窓から内部の様子が伺えましたが、かなり老朽化しているようです。感覚としては、廃墟歴40年近くでしょうか。
ただこの最後から2枚目の写真をクロップしてみると…

中森明菜の部屋!?

中森明菜なんて貼ってありますね。もちろんあの中森明菜さんのお部屋ではありません(当たり前
ただ、これが貼られているということは、住人はファンだったのでしょう。そうなると、1990年前後までは住んでいた可能性は高そうです。
天井からは鍾乳管から形成された白いつらら石が形成されていて、使われているコンクリートは石灰質を含んだものが使われていたのでしょうか。

いずれにしろ、廃墟歴は30年以上と思われます。

独身寮の道路を挟んだ反対側には、いかついコンクリ壁の建物が。ここはかつて映画館だったようです。
それにしても、渓谷の斜面に建てられているため、屋上部分と1階部分との高低差を大きく感じさせますね。建物の作りも複雑です。建物の壁と道路の高低差で出来た壁の細い道も、かつては人が通れるようになっていたようで、後ろから3枚目の写真の奥にはドアがありました。

奥多摩工業日原寮世帯寮と映画館・ダンスホール

従業員の福利厚生のための施設も充実していた奥多摩工業の寮、今の時代は大手企業の一部には独身寮が残っていますが、家族持ちの世帯寮というのは殆ど聞かなくなりましたね。
ただ、現代であってもこうした山間の職場だと、民間アパートを借りるのも一苦労でしょうから、寮があるのは有り難いことですね。

この世帯寮は比較的最近まで使われていたという話です。ほんの数年前まで1世帯は住居していたようですが、マンションに1世帯だけというのもなんだか寂しいですね。
BSアンテナもあり、衛星放送が始まった80年代後半以降のものであると思われ、独身寮よりは比較的最近まで使われていたことが伺われます。
とはいえ、徐々に入居者が減ってから建物に痛みが出て来ている感じでした。

3枚目の右側の建物がダンスホールだったようですが、とても大きく立派ですね。左側が映画館とのこと。

世帯寮ですが、割と傷んでいて、本当にここ最近まで人が住んでいたのか?と疑いたくなりますが…

真新しい電気メーターが設置されていた

電気メーターを見てビックリです。2022年製とあります。2032年4月まで有効となっています。ということは、電気は契約されているということか?
ただ、メーターの表示は0.5kWhとなっていて、設置してからほぼ電力は使用していないようです。やはり現在は人は住んでいないようです。

が、奥にナンバープレートの付いた、さほど古くない原付が停まっていました。管理者のものかな? 人の気配はなかったのですが。

その他周辺の建物

町人とは3人ほど会いましたが、正月時期もあって、あまり人気がない感じでしたね。

古びた住宅は、きれいに管理されているように見えましたが、人気はない感じでした。
近くにあった旅館も正月時期だからか休業中の様子。

フジカラーや懐かしいオロナミンCの看板が素敵な酒屋さんも休業中。古いけどきれいなので、閉店しているようには見えず、休業中なのかな?

風情のある日原

ということで2時間ほどの散策でしたが、このくらいがちょうどよいですね。若い頃と違って体力も落ちたので、1日廃墟散策は疲れます。こうして外観を眺めるだけで満足ですね。

武器学校・土浦駐屯地解説71周年記念行事に行ってきた その3

74式戦車の動画も編集しなければ…ですが、時間がないのでまずはスチルからです。
午後の装備品展示から。武器学校だけに、新旧様々な装備品が揃っています。特に今年度は、その「旧」の退役間近の展示に注目でした。

新旧1/2tトラック(73式小型トラック)

陸上自衛隊といえば一番数が多いのがこの1/2tトラック(旧名称73式トラック)。写真の手前は現在も調達が続く、2代目パジェロベースで、1996年から生産されています。これですら、既に30年近く生産されていて、改良も何度か入っていますが、まだ後継車両の話は聞こえてこないし、既に三菱自動車は国内向けのパジェロの生産は終了しているため、仮に次があるとしたら、トヨタ辺りが生産するんでしょうか?

そして注目は後ろの73式小型トラックです。まだあるんか!

車両銘板にあるように73式小型トラックでも、この車両は「79式対舟艇対戦車誘導弾発射装置積載専用」A車と書かれている通り、通称「重MAT」と呼ばれる有線式の対舟艇対戦車ミサイルを搭載するための車両です。
ミサイルの発射機とセットになっているため、そのミサイル発射機が現役でいる限り、搭載車両も現役維持するということだそうです。車両の年式は1993年(平成6年)と、2023年年で30歳となります。パジェロベースの1/2tトラックですら、初期型は既に退役していますから、このJEEP直系の73式小型トラックの現役車両は希少です。

せっかくなので、中も見せてもらいました。

車内は古典そのものです。4速マニュアル、副変速機付きトランスファー。当然キャブレター式で、チョークレバーも残っています。
若い隊員さんいはMT車の骨董品なんて言われているようです(笑
残念ながら、この車両も今年度いっぱいで退役するとのことです。ぜひ解体せず余生を過ごさせてあげてほしいですね。

74式戦車と203mm自走榴弾砲のラストが話題になっていた今回の土浦駐屯地祭ですが、こうした70年代の車両装備品の引退も近いのです。

さて、まだ写真が若干残っていますが、それは後日にアップすることとします。

【富士正酒造】富士正 純米吟醸 誉富士

富士山が目の前に見える場所でやりたかったコレw

【富士正酒造】富士正 純米吟醸 誉富士

初めて買った富士正酒造のお酒です。コレしかないと思って、この日御殿場で購入。

【富士正酒造】富士正 純米吟醸 誉富士

酒米に静岡県産「誉富士」を使用した、まさに富士山づくしなお酒。
精米歩合55%の純米吟醸、日本酒度は+3とのことです。今回は暑いので冷でいただきました。

わずかに黄色みがかったお酒

いつもと違う、BBQしながらの環境で。
上立ち香は洋梨を思わせます。口に含むと、スッキリとした甘みと旨味、そして少し跡にキリッと立つ辛さ。でも辛さは強くはなく、全体的には落ち着いた感じですね。
口当たりもよく、甘さの後に立つ辛さは、ザ・日本酒です。少し初心者向けではないかもですが、日本酒好きなら、ああコレコレ、と納得できる、正統派純米銀賞ですね。
後味もゆっくりと引いていく感じです。

良い景色を見ながらのお酒は格別ですね!

富士山の見えるコテージでBBQ

家族旅行、3度目の富士山の見えるコテージでのBBQしてきました。
それにしても関東より涼しいです。4,5℃は低いんじゃないかな。お陰でまだ陽の出ている時間から始めましたが、それほど汗だくにならずに済みました。
昔はこのくらいの気温が普通だったんだよな~。

いつも頼んでいるBBQセット、今年は値上がったのにお肉も野菜も以前より減ってしまいました。これは残念。
ホタテは持ち込みでしたが美味しかったです。次回はお肉も野菜も追加で買わないとね。

動画も撮ってみました。

炭火で焼くと違うわ~

こんな感じで、動画とスナップはNikon Z 8を、Nikon Z 9は三脚に据えてタイムラプスを。このために重い三脚を2つも持っていきました。

富士山の見える風景をタイムラプスで撮るのも3度目

このあと温泉に入って、カラオケルーム借りて、初めて家族でカラオケ大会。

カラオケルーム広い!

楽しいこと散々できたね!

館山航空基地沿いの「高島実験場跡」

先日行った千葉の館山航空基地。
そのすぐ隣の海沿いに、こんな場所がありました。

調べるとその歴史は古く、1909年(明治42年)4月30日に開設された、農商務省水産局の水産講習所の高島実験場だったようです。
魚の稚魚の飼育、プランクトンなどの実験を行っていたようです。
現在の海上自衛隊館山航空基地の前身に当たる、旧海軍館山基地が1930年(昭和5年)に開設されるにあたって移転のため、閉鎖されて現在に至っています。

そんな歴史ある建物ですが、多くの戦前からの施設跡にありがちな、放置された状態のままとなっています。
周辺は沖ノ島海水浴場があるため、落書きも多いです。

建物内は立入禁止なので、外から眺めるにとどめました。

100年近くを経てまだ存在する、日本の初期の鉄筋コンクリート建築の頑丈さ。この時代の鉄筋コンクリートらしい佇まいです。
日本国内には、こうした建物が保存もされず朽ちるに任せたままいくつも存在します。

いやそれにしても暑かった…。元北海道民としては、こうして海で遊べるのは羨ましかったけど、実際は暑すぎて…この時間の海水浴とかきついです。

ITS Francesco Morosiniを動画でも撮ってみた

既に横須賀を離れましたが、イタリアの哨戒艦「フランチェスコ・モロシーニ Francesco Morosini」を見学した際に、動画も撮ってみました。
が、他の見学者さんも映っているので、モザイク処理に時間がかかってしまいまして….

動画と写真、同時に撮っている人も見かけますが、自分にはどうしてもどちらも同時に…というのが難しいな。
GoProみたいに小型のカメラがあれば、スチルと同時に動画も撮れるでしょうけど、せっかくNikon Z 8とかZ 9みたいに動画もしっかり撮れるカメラを使っていると、同時並行よりもどちらかに専念したい気がします。

今回はあくまで記録という感じで、ささっと撮ってみましたが、海上自衛隊横須賀基地から乗艦して、ヘリ格納庫の様子までを撮りましたので、御覧くださいませ。

見学後は、YOKOSUKA軍港めぐりの船からも見てきました。

ITS Francesco Morosini

そちらの写真は…今編集中(汗) もう少しお付き合いください

ITS Francesco Morosini (イタリア海軍哨戒艦モロシーニ)を見学してきた

イタリア海軍の最新鋭哨戒艦、ITS Francesco Morosini(フランチェスコ・モロシーニ)が横須賀に寄港したわけですが、今回なんと見学する機会を得ました。

イベントチケット制で募集がかかっていたのですぐに応募

たまたまTwitterで情報をえて、すぐに見学申し込みしました。無料ですが、eチケットで申し込むやり方、上手いなと思いました。
言い方は悪いですが、ITに疎い層はこれで跳ねられるわけです。
海上自衛隊横須賀基地に停泊しているので、基地内に入って見学することになります。

乗艦してまずはヘリ格納庫と搭載ヘリのNH90を見学。

ヘリ格納庫は広くて高さもあり、海自の汎用護衛艦のヘリ格納庫よりやや広く感じましたが、搭載ヘリもやや大きめのNH90だからかな(2機搭載可能)、と思ったけど、実は海自のSH-60Kとほぼ同じ大きさのようです。
機体の基本設計は海自のSH-60系より新しいだけに、先進的なデザインですが、NH90は技術的トラブルも多いようで、早期退役や導入停止している国もあるようで、この機体も実績が気になるところです。質問はしませんでしたが。NH90のNHは、NATO Helicopterの頭文字だそうです。
ヘリの移送装置やシャッターも、海自護衛艦と違って興味深いです。新人自衛官も見学に来ていました。

艦首へ

先進的な外観を近くで拝むことが出来ました。進行方向に対して対面する平面がほぼないのです。速そうです。
搭載砲ややはりイタリア製のOTOメララ127mm単装砲、砲塔は127mm方にしてはコンパクトに見えて、こんごう型護衛艦に搭載されている同じOTOメララの127mm砲より世代が新しいだけあります。
この艦艇は哨戒艦型だけあり、今後建造される重武装型が搭載するであろうミサイルの垂直発射装置(VLS)があるべき1層上がった甲板には何もありません。
続いて艦橋へ。

CICの見学もできた!

どこの海軍も、艦艇の中枢戦闘指揮所であるCIC(Combat Information Center)はまず一般人を立ち入らせることはなく、せいぜい雑誌などの取材での写真で見るくらいしかないのですが、人生初、CICルームを拝むことが出来ました。ただしここだけは撮影禁止でした。
甲板からCICまでの通路も、特に軍艦の階段は海自もアメリカ海軍も急なタラップ、といった感じですが、イタリア海軍は随分と緩やかで広く、安全面からもこうした普通の階段の採用は良いなと思いました。

CICルームは、最新艦艇だけあり、イタリアの軍事企業Leonard製の操作コンソールがズラリ。写真を見せられないのが残念ですが、共通コンソールは40インチ程度のディスプレイとキーボードが搭載されていて、共通とのこと。検索したら、コンソールの画像出てきました。

ログイン画面が表示されていて、各武器などの担当者がログインすることで、どのコンソールからでもレーダーなどの情報表示、砲撃や対艦ミサイルの発射など、各種管制ができるようです。これは海自の新しい艦艇も同様ですが、海自の最新鋭もがみ型護衛艦は、360度ディスプレイを搭載した円形のCICルームと、保守的だった海自にしてはいきなり冒険したデザインらしいので、それと比較すると、大型ディスプレイを進行方向側に敷き詰めたモロシーニは、配置としてはごく一般的なCICですね。
とはいえ、最新鋭艦艇には違いなく、こうした大画面の共通コンソール(以前は武器の種類で専用コンソールがそれぞれ搭載されていた)はトレンドなんでしょうね。

面白いのは、CICルームは艦橋(ブリッジ)のすぐ後ろに配置されていて、この辺りは日米艦艇のように、艦橋とは切り離して防御の面から別階層の場所に設置しているのとは違って興味深いですね。考え方の違いなんでしょう。
ちなみに、この共通コンソールや大型ディスプレイなども、Leonardのロゴが入っていました。

まるで航空機やスポーツカーのような艦橋

CICルームの前方に配置されている艦橋(ブリッジ)、さすがイタリアンデザイン。色使い、ディスプレイの表示や操舵輪など、これだけ見るととても艦艇の操艦をする場所には見えなかったです。

革張りシートにハンドルはまるで航空機。コンソールの間接照明は赤! とても日米の艦艇では真似できない(笑
ところでディスプレイに表示される艦艇のCG画像は、レーダーが1面あたり2枚となっていました。つまり、今後建造される対空ミサイルを搭載する重武装型は、レーダーアレイがもう1面増えるということでしょう。

操舵輪はMOMOステアリングだ!

軍艦史上、最もスポーティな操舵輪を見た!

この操舵輪を見た瞬間、上はカットされているけどMOMOステっぽいと思いました。ロゴは入っていないけど、どうやらMOMO製のようです。どう見てもMOMOです。
ある一定年齢より上の車好きには響くでしょうね。まさか船にMOMOステアリングが装備されているとは! さすがイタリア、デザインの国、フェラーリやアルファロメオの国だけあります。これで艦艇ドリフトも(笑

あらゆる配色がイタリアン

前方のコンソールはまるで航空機のような操作盤ですし、せり上がるディスプレイとか、もうすべてがいちいちカッコイイです。革張りシートにはビジネスクラスのシート宜しくLEDライトも装備されています。
こんな艦艇なら快適でしょう。合理的デザインの日米とは一味違いますね。いやはや楽しい時間でした。

30分の見学はあっという間に終了。ちょっと物足りないくらいがちょうどよい? 見学者の皆さんも名残惜しそうに外観写真を撮っていました。
日米の艦艇以外はなかなか見る機会、まして中を見学する機会はないので、CICルーム含め見学できて、貴重な体験でした。

錆びついた煙突がジブリ感を引き立たせる、某廃工場の煙突

埼玉県某所。東北道沿いに古い煙突が存在します。
東北道を通るたびに気にはなっていましたが、行ってみることにしました。

埼玉県東北自動車道沿いの廃工場の煙突

天気はどんよりしていますが、幸い雨は降らず。関東も梅雨入りしたので、この時期は撮影が難しいですね。

監視カメラの電源配線は切断されていた

川と廃煙突、東北自動車道はこの向こう側にあります。廃工場は不法投棄も多いせいか、監視カメラが設置されていたようですが、電気メーターボックスのメーターは外され、現状は通電されていない模様。
実は東北自動車道をまたいでここへアプローチする橋は、廃止が決定されたようです。この廃工場と煙突も、いずれ撤去されるのでしょうか?

いいサビ具合です。ジブリアニメにに出てきそうな錆びっぷりです。
レンズをお気に入りのAF DC-Nikkor 135mm f/2Dに切り替えました。Nikon Z 8ではMFでしか使えませんが、サビの質感がよく出ています。

流石に中に入ってまで見ようとは思わなかった、というかこの煙突で十分楽しめます、わたし的に。

東北自動車道と川に挟まれた場所に佇む廃工場と廃煙突、一体何の工場だったのでしょうか。ぱっと周辺を見た限り、名前も工場のジャンルも不明でした。鉄くず処理工場だったとの話もありますが、詳細不明です。
さていつ頃出来て、何時廃墟になってしまったか? 国土交通省の国土地理院の航空写真で大まかに調べてみました。

70年代に作られ90年に煙突が出来た?

こうやって掘り下げていくのが楽しいですね。まず1969年。この時点では、まだ東北自動車道はなく、川に掛かる橋は既に存在しています。

1975年には、既に現在と同じ東北自動車道が出来ています。ほんの数年でこんなに道路ができてしまうとは! 用地買収とか、ほんと早かったのでしょうね。東北自動車道が出来たため、高速道路をまたぐ橋も建造されたようです。この橋は前述の通り、今年の5月に廃橋となり、通行止めとなっています。

1979年には、廃工場のある土地が開拓されていて、この時点で何かしらに使用されている形跡がありますね。

そして1990年、ついに煙突と工場が出来ているのが確認できました。ということで、この煙突と工場は80年代半ばから1990年までに建造されたようです。業務拡張したのか、会社が変わったのかは定かではありません。

しかし21世紀に入った2003年には、1990年のように敷地がフルで利用されている感じがなく、緑が増えていますね。この時点で既に使用されていない可能性がありそうです。
バブル末期に工場を設置したけど、バブル崩壊で今来立ち行かなくなった? そんなストーリーを想像させます。

2007年以降は、産廃置き場(不法投棄?)のような感じになっていて、2019年にはついに緑に覆われて、廃棄置き場としてすら機能していない感じがありますね。

この周辺はあまり開発がされていないのも面白いです。この航空写真の外側はかなり開発されている場所もありますが、現在も田んぼが多い地域です。
こうやって、あまり注目されていない建造物を掘り下げるのも、なかなか面白いですね。