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錆びついた煙突がジブリ感を引き立たせる、某廃工場の煙突

埼玉県某所。東北道沿いに古い煙突が存在します。
東北道を通るたびに気にはなっていましたが、行ってみることにしました。

埼玉県東北自動車道沿いの廃工場の煙突

天気はどんよりしていますが、幸い雨は降らず。関東も梅雨入りしたので、この時期は撮影が難しいですね。

監視カメラの電源配線は切断されていた

川と廃煙突、東北自動車道はこの向こう側にあります。廃工場は不法投棄も多いせいか、監視カメラが設置されていたようですが、電気メーターボックスのメーターは外され、現状は通電されていない模様。
実は東北自動車道をまたいでここへアプローチする橋は、廃止が決定されたようです。この廃工場と煙突も、いずれ撤去されるのでしょうか?

いいサビ具合です。ジブリアニメにに出てきそうな錆びっぷりです。
レンズをお気に入りのAF DC-Nikkor 135mm f/2Dに切り替えました。Nikon Z 8ではMFでしか使えませんが、サビの質感がよく出ています。

流石に中に入ってまで見ようとは思わなかった、というかこの煙突で十分楽しめます、わたし的に。

東北自動車道と川に挟まれた場所に佇む廃工場と廃煙突、一体何の工場だったのでしょうか。ぱっと周辺を見た限り、名前も工場のジャンルも不明でした。鉄くず処理工場だったとの話もありますが、詳細不明です。
さていつ頃出来て、何時廃墟になってしまったか? 国土交通省の国土地理院の航空写真で大まかに調べてみました。

70年代に作られ90年に煙突が出来た?

こうやって掘り下げていくのが楽しいですね。まず1969年。この時点では、まだ東北自動車道はなく、川に掛かる橋は既に存在しています。

1975年には、既に現在と同じ東北自動車道が出来ています。ほんの数年でこんなに道路ができてしまうとは! 用地買収とか、ほんと早かったのでしょうね。東北自動車道が出来たため、高速道路をまたぐ橋も建造されたようです。この橋は前述の通り、今年の5月に廃橋となり、通行止めとなっています。

1979年には、廃工場のある土地が開拓されていて、この時点で何かしらに使用されている形跡がありますね。

そして1990年、ついに煙突と工場が出来ているのが確認できました。ということで、この煙突と工場は80年代半ばから1990年までに建造されたようです。業務拡張したのか、会社が変わったのかは定かではありません。

しかし21世紀に入った2003年には、1990年のように敷地がフルで利用されている感じがなく、緑が増えていますね。この時点で既に使用されていない可能性がありそうです。
バブル末期に工場を設置したけど、バブル崩壊で今来立ち行かなくなった? そんなストーリーを想像させます。

2007年以降は、産廃置き場(不法投棄?)のような感じになっていて、2019年にはついに緑に覆われて、廃棄置き場としてすら機能していない感じがありますね。

この周辺はあまり開発がされていないのも面白いです。この航空写真の外側はかなり開発されている場所もありますが、現在も田んぼが多い地域です。
こうやって、あまり注目されていない建造物を掘り下げるのも、なかなか面白いですね。


豊洲のチームラボ・プラネッツTOKYOに行ってきた【動画編】

チームラボ・プラネッツに行った際に撮ってきた動画です。
ここはスチルより動画のほうが伝わりやすい場所かなと思いました。
動画はWater Areaのみで、Garden Areaは動画よりスチルのほうが良いなと思い、加えていません。

ちょっとカメラをパンするスピードが早かったな~。毎回ここは反省すべき点なのですが、なかなか撮っているときに意識できていないですね。

広角のNIKKOR Z 14-30mm f/4 Sで撮りましたが、広角で撮る動画も面白いですね。昔は広角で動画を撮るのは、ビデオカメラ自体があまり広角が撮れなくて難しかったのが、今は比較的簡単に撮れるようになりましたね。

豊洲のチームラボ・プラネッツTOKYOに行ってきた2

チームラボ・プラネッツ豊洲、足湯に続いてバルーンです。
バルーンを軽く叩くと色が変わります。

ここも床面がミラーになっていますが、バルーンがたくさんあるので、無限大の空間、という感じにはならないですね。
写真にしてしまうと、特に赤が色飽和してしまって難しいですね。

バルーンを抜けると、今度は半球ドームに映像が映し出されるコーナーへ。ここも床面がミラーになっています。

プロジェクターの映像はそれなりの明るさがあるとは言え、カメラはISO25600にしてもシャッタースピードが稼げないです。よって映像がぶれてしまいますね…。
動画のほうがイメージは伝わるかな? そのうち編集してアップしてみたいと思います。

Water Areaは以上で終了。
一度ロッカーに戻り、ここからは靴下着用可能なGarden Areaへ移動します。

Garden Areaへ

サンダルを借りて入るこのエリアは、天井がガラスになっていて、外光が入るようになっているので、日中と夜で印象が変わるかなと思います。

??? 苔の上に卵のようなバルーンがある空間ですが、ちょっと謎空間です。Water Areaと比べるとインパクトに欠けますね。
でも夜になるとまた別の印象になるのでしょう。
実際、HPの画像を見えると、夜はこのバルーンも光るようです。

次はサンダルを脱いで、また裸足(靴下着用可)のエリアへ。
花ばぶら下がってる!

ここも…不思議な空間です。本物の花がぶら下がっているのです。そして上下します(笑) なかなか理解が難しいです。座って楽しむ空間。娘チャンは寝転がって鑑賞していました。

10時に行って出てきたのは12時でした

おおよそ2時間弱鑑賞しました。娘も楽しめたみたいです。今回は会社のイベントで行ったので、お金は払っていませんが、ちょいとお高いですが、確かに人気なのもわかります。海外の観光客が多かったのも、なるほどなぁと。

このあとお昼は豊洲市場で…と思いましたが、土日は市場が開いていないので、飲食店も営業していないのですね。これはちょっと残念でした。仕方がないのでお台場まで行くことにしましたが。この周辺はコロナ禍に出来たため、まだ観光地として定着しきれていない感はありますね。

豊洲のチームラボ・プラネッツTOKYOに行ってきた1

忙しくて、久しぶりのブログ更新です。これだけ空けてしまったのは久しぶりです。

職場のイベントで、豊洲にあるチームラボ・プラネッツに行ってきました。
本当は家族で行く予定でしたが、息子の足の捻挫による炎症が長引いているため、今回は断念し、娘と2人でやってきました。

どんな所? こんなところらしいです↓

チームラボプラネッツは、アートコレクティブ・チームラボによる4つの巨大な作品空間と、2つの庭園からなる「水に入るミュージアムと、花と一体化する庭園 」。

はだしとなって、他者と共に身体ごと巨大な作品に没入し、身体によって作品は変化し、身体と作品との境界の認識は曖昧なものとなる。作品は、他者の身体によっても変化し、作品と他者との境界も曖昧なものとなり、身体は作品と、そして他者と連続的になる。

https://planets.teamlab.art/tokyo/jp/

ポエムでよくわかりません…。音と映像の展示というのは知っていますが、どんな展示なのかはイマイチピンときません。これは入って楽しめということなんでしょうね。
展示エリア内は裸足になるそうです。入場はかなりの行列でしたが、今回は団体予約なので、待たずに入れました。まずは入り口で説明の映像があり、靴を脱いで中に入ります。入るとロッカーがあって、そこで更に靴下も脱ぎます。

というのも、展示内は水があって膝下くらいまで濡れる場所もあるとのこと。また、床が鏡になっている部分があるので、スカート着用者のために、スパッツの貸出もありました。
基本的に展示エリアに持ち込めるものは、カメラとスマホのみで、その他の手荷物、自撮り棒や三脚もNG、上着もロッカーに預けました。
大荷物はロッカーに入らないためご注意を。ということで、交換レンズも持ち込めないため、今回は広角レンズ1本(NIKKOR Z 14-30mm f/4 S)で撮影しました。結果的にこのレンズで良かったです。スマホだと、最近は広角も撮れるので、スマホだけでも問題ないでしょう。

Water AreaとGarden Areaで構成されています

全体としては、上のような2つのエリアで構成されています。まずはWater Areaから。

いきなり水が流れる斜面が!

暗い廊下を歩いていくと、いきなりこんな傾斜の川が! 滑らんのか!? 大丈夫でした。ちゃんと滑らない加工がされています。もちろん油断は禁物。
この川、ちゃんと意味があって、要は足の消毒ですね。プールに入る前の塩素消毒みたいな感じでしょう。もちろん、上がった先でちゃんと足を拭けるタオルが準備してありました。

ふわふわ床エリア?と抜けるとまた暗い廊下。皆さん裸足です。その先には…

多数のLEDの装飾による光の演出。床面は鏡。天井も高いし、天井も鏡なので、光のシャワーのように感じます。
これは写真ではなかなか伝わらないですね。動画も撮ったので、そのうちアップします。
ちなみに、海外からの訪問者も多く、体感で2割くらいは海外の観光客、と言った感じでしたね。確かにインスタ映えしそうな感じです。

LEDエリアから先にはまた暗い廊下が

娘ちゃん、猫背だな…。ってことで、また暗い廊下を歩いていくと、その先は…

足湯!?

なんと! 足湯みたいなエリアに突入。小学3年生くらいのうちの娘だと、膝下くらいまでの深さになる足湯?がありました。実際結構暖かいです。まさに足湯!
そして水(お湯)が白濁しています。その先には…

あ、自分も写ってる(笑
なるほど、白濁したお湯は映像を映すためか~
ちなみにここで転ぶと当然ずぶ濡れです。スマホを水没させると見つけられないでしょう。もちろんカメラもですけど。いろんな恐怖と戦いつつ(笑)皆さん慎重になるので、案外悲劇は起きづらいのかもですね。

こんな空間もありました

それにしても、暗い状況だとNikon Z 9、結構厳しいです。AFが…。あと高感度も良くないですね。積層型裏面照射CMOSによる高速連写の弊害なのか、感度が上がるほど縮緬模様のノイズが走りますね。今回は解像力より雰囲気重視で、RAW現像時にノイズリダクションを強めにかけています。

続く…

子供たちがYoutubeやりたいと言うので…

昨年末、子供たちがお絵かき動画撮ってYoutubeにアップしたい、とか言うので、動画を撮って、正月休みに編集しました。
で、編集完了して、その時は妻の実家に帰省していたので、動画のアップロードはモバイル回線からはきついので保留としていました。
そして時が経ちました…。ええ忘れていましたね。

ということで、先日思い出してアップしました。
娘は絵を描くのがで、クリスマスプレゼントにお願いしていたコピックというマーカーを使ってお絵描きしています。

「フリかけんズ」という姉弟コンビ名でやっています。

これは正月の休みで編集仕上げましたが、けっこう大変ですね~。
高校生の頃は、放送局に入っていて、Hi8の業務用ビデオデッキで編集よくやったものですが、今はパソコンで簡単に出来てしまう(編集そのものは簡単ではないけど)時代ですからね。

第2段は…特に要望がないです。もう忘れちゃったかな?

柿の木に憧れる

基本的に柿の木がない北海道で育ったせいか、関東に来てからというもの、あちこちに柿の気があるのを見て、ちょっと羨ましいと思っています。

「七賢」山梨銘醸の柿の木

1月に行った山梨。北杜市の日本酒の酒蔵の老舗、山梨銘醸にあった柿木が見事。人生5本の指に入る美しさです(残り4本は知らんけどw)。

天然干し柿状態?

実は誰も取らないのでしょう。葉っぱが落ちて実だけの状態。干し柿みたくなっています。

見事としか言いようがない

干し柿は、柿の実の皮を剥いて干して作るけど、当然柿の木の柿は皮は剥いていないから、自然にこうなっているんですね。食べられるのかな?
自宅に柿の木欲しいなと思ったけど、実がなるまで相当年数かかる(8年は最低限で実際はもっとかかることが多いみたいです)し、虫もつくだろうから。手入れも大変ですしね。
でも憧れますね。小さな柿の木を育ててみたいです。

【山梨】ホテル大藪

2023年最初の廃墟撮影は、山梨県に行くことに決めました。
年明け早々、撮影地として選んだのがここでした。

身の上話になりますが、20年程前、当時山梨の会社に就職しており、実はここから車で30分程度の場所に住んでいました。
その当時、北海道から就職して、慣れない山梨県、知り合いも近くにはいなく、とにかく週末ともなると、友人のところに遊びに行く以外は、ひたすら通ったことのない道を車で走っていました。北海道にはあまりない山道のワインディングは、山梨県はそこかしこにあり、通勤路もそんな感じでした。

そんなあてのないドライブで、確かにこのホテルも一度見たことがあるのです。
当時は、まだ周辺は別荘地として整備されていなかったように思います。藪や岩の転がる斜面の向こうに、この建物が見えたのを覚えています。
ただ、その時の写真はありません。写真は撮っていませんでした。
学生の頃から写真は撮っていて、カメラは必ず持ち歩いていましたが、当時はまだフィルムカメラが主流。デジタルカメラもあったけど、まだ画質はフィルムに及ばない時代。今のように何でもとりあえず撮る、という時代ではなかったので、車で見て通り過ぎるだけだったように思います。
その時は天気も悪かったような…。
フィルムで三脚なしに写真を撮るコンディションではなかったように記憶しています。

あれから転職して栃木県に移住して結婚、家も建てたと思ったら転勤で東京へ来て現在に至っています。
山梨は東京都から遠くはないけど、どうもイメージ的に行きづらい感じでした。中央道しかまともな道がなく、混むと逃げ場がない、そんな印象を抱き、なかなか足が進みませんでした。
が、行ってみると案外遠くないのです。正月休み後半とあって、中央道もさほど混雑せず、予定よりも早く到着しました。

車を停めた山中で見つけた閉鎖中の温泉旅館はブログに掲載しましたが、そこからは徒歩で撮影地へ向かいます。
真正面は20年前と違って別荘地となっているので、正面から突っ切ることは困難。結局わき道からちょっとした崖を下ってアプローチ。

途中、別の温泉旅館もありました。こちらも後で調べたところ、3年ほど前までは営業していたようですが、現在は休館となっているようです。

このあたりは古くからの鉱泉があり、ここも質の良い鉱泉が楽しめたようです。道なき斜面を下って…

到着。小川を超えると、氷結した斜面が。上の小川とは別の方面から流れている水が凍ったようです。

円弧上にアーチを描いた建物は、現役時代は眼下に大武川が見える、見晴らしの良い風景を楽しめたのでしょうね。
ホテルは、国土地理院の1974~78年に撮影された航空写真には現存しており、60年代後半から70年代前半に建造されたと思われます。
最初に紹介した別の温泉(鉱泉)旅館も現存しています。

しかし、1982年(昭和57年)7月後半からから8月にかけての台風10号による土砂崩れで、ホテルに土砂が侵入、ホテルは再建を断念し閉業しました。
以来40年、この地に建ち続けています。
1970年代の航空写真にあるように、ホテルがあった頃は、大武川にかかる橋を渡ってまっすぐホテルに通じる道路があったようです。
橋は現在の写真では、新しいものが出来たため、古いほうはその名残が残っています。では入口よりお邪魔します。

この時点で既に、2階部分(傾斜地の建物のため、正面入口とフロントのあるフロアは2階となっている)には土砂が侵入しており、現在もそのまま残っています。


入口からはすぐ右手には、かつてフロントがあったようで、立派な金庫も残されていました。もちろん中身は空でしょうね。
またフロント横の部屋は、従業員やオーナーが待機していたと思われる部屋があり、法律関係の本や雑誌が残されていました。
また、食品会社の名刺が驚くほどきれいな状態で残っていて、調べると、今でも山梨県に存在する「テンヨのビミサン」でおなじみの会社の名刺でした。旧社名「武田食糧株式会社」だそうで。

フロントのあった場所の火災警報のパネルには、プレートはいくつか脱落しているものの、「旧館1階105-108」「新館3階」と書かれており、新館を後から増築したと思われます。外観は、1つの建物に見えたのですが、うまく増築したようです。

入口から向かって右側の廊下は土砂で埋まっており通行不能、ここは客室があったようです。客室内にも少し土砂は侵入していました。
一度外側に出てみると、かつて土砂が到達したであろう1階部分は、表側の土砂はその後長年にわたって流出したと思われますが、ホテル内に侵入した土砂は、そのまま残っている状況です。

土砂崩れが発生した斜面

ホテル入口の反対側の斜面。ここが土砂崩れで崩落し、ホテルに土砂が侵入したようです。現在も小川が流れていたりと湿地のようになっており、確かに大雨が降ると地盤が緩みそうな感じです。しかしこのホテルの廃墟が現存することで、下の別荘地を守っているとも言えます。

土砂どころか岩までもが今でも残っています。部屋番号は107、108が確認され、ここがどうやら旧館側にあたるようです。
当時のニュースを検索しましたが、ここで死傷者が出たという情報はありませんでした。台風の際には避難していたのかもしれませんね。

フロント正面から見て左側はホテルの厨房と宴会場が。こちら側は土砂の流入はなかったようです。
こちら側が、このホテルの新館になるのか? ちなみにフロントと同じフロアですが、ここは2階になります。傾斜面の建物らしく、この下にもフロアがあるのです。

新館?1階へ。こちらは全て客室のようです。
廃墟歴40年なだけに、劣化、崩壊が進んでいます。特に天井や畳がダメですね。1階はどうしても湿気が溜まりやすいので仕方ないかも。ただ、傾斜面であること、ホテル営業当時は大武川までが開けていたので、当時は1階でも眺望はそれなりに良かったと思われます。

一度フロントまで戻り、新館側(建物向かって左側)の3階に上がります。

散らばっていた醤油の小瓶は、フロント横の部屋にあった名刺の食品会社のものでした。どうやらこのホテルに卸していたようですね。
3階は状態が1階の客室よりは良いですね。廃墟歴40年、コウモリの糞が堆積しているけど、残留物は多いです。懐かしいダイヤルをガチャガチャ回すテレビ、そして観葉植物が枯れずに生い茂っているのにもびっくり。物置のように使っていた部屋もあったのかな?
ガラスも一部残っているのも驚きです。鉄線入りガラス、案外丈夫?

階段を挟んで右側の旧館。こちらも客室がメインですが、グレードが上がっていて、他の客室にはなかったトイレと洗面所がありました。
廊下に転がっていた錆付いた箱は、カミソリの自販機ですね。効果を入れて、横のダイヤルを回すタイプ。昔はよくありましたね。

大浴場は、旧館2階廊下を進んだ先の離れにありました。傾斜面に建てられただけあり、離れが大浴場というのが面白いですね。
60~70年代らしい円形の浴槽、現役当時は眺めも良かったのでしょうね。あまり落書きのなかった廃墟ですが、ここだけが落書きだらけなのが残念。
浴槽はこの1箇所だけっぽく、男女で入浴時間を分けていたのかもしれませんね。
それでは引き返します。

旧館の1階へ再び。フロント側とは反対からアプローチしてみました。やはりここは土砂が堆積していました。客室へも土砂が侵入。これにより客室の窓は吹き飛んだようです。凄まじい状況が、40年以上経過した今も残っているのです。

一度階段を戻り、3階から2階フロントから外へ。


山奥にこんな大きなホテル。70年代はマイカーブーム、そして日本人がだんだん豊かになっていく過程で、旅行もブームになってきた時代。
こんな山奥にも、多くの客が訪れていたのでしょうね。土砂崩れがなかったら、今も現役だったのか?  ただ、この近くの老舗温泉旅館も、現在では廃業し売りに出されている状態です。この辺りの鉱泉も、次第に忘れ去られるのかもしれませんね。

池でもあったのかな? 国土地理院の現役当時の航空写真は不鮮明で、何があったかまでは判別つかず。

新館側、3階建てと思いきや、地下1階?もありました。ここのも土砂は侵入したようですが、もしかしたら廃墟後かもしれません。宴会場、もしくは集会場的に使われていたのかな?
以上で撮影は終了。

ここは昔は人里から離れた場所だったこと、ふもとに別荘地ができたため接近しづらく、肝試しや荒しの侵入も近年は少なく、廃墟歴40年という熟成された物件のわりに、人為的な破壊が少なく、なかなか希少な物件だったと思います。
今となってはこの建物が斜面の土砂流出を防ぎ、この麓の別荘地を守っている、そもそも今このホテルへの道路は埋もれて立たれており、40年以上経過して木々も生え、アプローチは困難になりつつあります。わざわざこの時期に行ったのは、夏は藪が生い茂って(藪という名称がつくくらいですから)とても近づけそうもないからです。

こんなところにテレビの残骸

こんなところまでホテルのテレビの残骸が…。
小川を越えて帰路につきます。

それでは。

【山梨銘醸】山梨で撮影後立ち寄った「七賢」の酒蔵

正月休み後半は撮影に出かけました。今回、妻も仕事がお休みなので、またとないチャンスと思い、山梨へ撮影に出かけてきました。

山梨県の廃ホテル

去年は撮影できていなかった廃墟、今年はNikon Z 9にて撮影に挑みました。ミラーレス機、ローアングルも撮りやすくてよいですね。
三脚の使用が難しかったため手持ち遺影ですが、IBIS(ボディ内蔵手ぶれ補正)搭載なのも助かりました。
一眼レフで使っていたAF-S 16-35mm f/4G ED VRは、手ぶれ補正内臓広角レンズでしたが、公称2.5EVの補正しかできなかったので、Z 9とNIKKOR Z 14-30mm f/4 Sの組合せは、この撮影でとても良い仕事をしてくれました。
こちらの写真は後日編集してまとめてアップします。

白州の酒造

今回、中央道が思いの外空いていて、予定より早く撮影地に到着、撮影も予定より早く終えたため、以前から行きたかった酒造へ立ち寄ることに。
実はYamaro、20代前半は就職の関係で山梨県に住んでおりまして、今回訪れた七賢の「山梨銘醸」は、以前住んでいたところから車で30分かからない場所でした。
なので、存在自体は知っていたし、何度かその前も通ったことはあれど、当時はまだ日本酒にあまり興味がなく、一度も行ったことがありませんでした。

創業は寛延3年(1750年)という山梨でも老舗の酒蔵です。そして、中はとてもおしゃれです。直売所だけではなく、酒蔵の見学ツアーなどもでき(今回は時間の都合でツアーは申し込みませんでしたが)、お土産や蔵元が作った革製品など、色々置かれていました。

どうです? とてもきれいな酒蔵です。ああっ、なんで今まで来なかったんだろう? また今度山梨旅行する機会があれば、家族で行きたいですね。

酒蔵の隣には、山梨銘醸が経営する賢直営レストラン「臺眠」も併設されていて、食事も楽しめます。ということで、お昼はここで食べてきました。
美味しかったです。ただ、子供向けのものはない感じですね。

もちろん、お酒も買ってきましたので、後日ご紹介したいと思います。

さいたま水族館と羽生水郷公園に行ってきた

年末年始は栃木の妻実家に帰省してのんびりしていたので、3日は家族でお出かけしてきました。

一昨年の夏に初めていきましたが、子供にはちょうどよい規模の淡水魚の水族館です。本格的な水族館だと、混んでいるし料金高い。
ここは埼玉の県営なので、大人でも入場料500円。リーズナブルです。羽生水郷公園の敷地内にあって、公園なら子供たちも遊べるしね。

鯉に餌やり。ここの鯉は餌の食いつきが悪い…。みんなあげてるからかしら? 牛久大仏の鯉なんかものすごい食いつきだったけどね。

淡水魚の水族館は一見地味だけど、割と可愛いのが多いですね。うなぎとかかわいいよ。
おっさんおばさん世代には懐かしいウーパールーパーも。正式名称は「アホロートル」あるいは「メキシコサラマンダー」だそうです。日本だと圧倒的にウーパールーパーの名称で通っていますね。つぶらな瞳です。

ここに展示されている生息魚の多くは、職員が採取したものだそうです。海無し県だけに、淡水魚の展示も工夫をこらしていますね。

水族館のあとは公園で遊んでいました。
水郷公園というだけあって、池がたくさんって、水鳥もいて、広場や遊具もあるので、子供を遊ばせるのにはちょうどよいですね。
凧揚げしている家族もいました。最近は凧揚げできる場所が少ないですから、希少ですね。

ということで、都内からも高速で1時間強程度で行ける埼玉県羽生水郷公園で1日楽しみましたとさ。

【観艦式2022】フリートウィーク 木更津新港で護衛艦を見学してきた2

10月30日(日)の国際観艦式2022のフリートウィークの第1弾として開催された、木更津新港での護衛艦展示。
最新鋭の「もがみ」型護衛艦に続き、護衛艦隊の防空、そして弾道ミサイル防衛の任務も追加付与された、イージス艦も見学してきました。

イージス護衛艦「あたご」(DDG-177)

イージス護衛艦「あたご」(DDG-177)は、海上自衛隊で5番目に就役した、イージスシステムを搭載する護衛艦です。2007年就役当初は、イージスシステムのバージョンはベースライン7.1でしたが、現在はベースライン9.0とアップグレードされるとともに、就役時になかった弾道ミサイル防衛のBMD5.0も付与されました。
就役から15年たち、従来の概念いえば、艦齢半ば、といったところですが、折からの予算不足により、1993年にに就役したイージス護衛艦「こんごう」も、まだ後継艦の話は聞かないことから、「あたご」もまだまだ長く使われることでしょう。

「こんごう」型よりも踏み込んだレーダーステルス対策がされていますが、最新鋭の「もがみ」型護衛艦を見たあとでは、ステルス対策はもう一歩というところです。
最も、戦闘艦のステルス対策は、敵レーダーやミサイルからの探知を遅らせることが目的なので、やりすぎると使い勝手の悪いフネとなるので、そのあたりのトレードオフが難しいですね。

それにしても、久しぶりに近くで見るイージス艦、やはり大きいですね。重厚感が違います。いかにも強そうです。

乗艦してすぐに、前甲板で62口径5インチ砲と高性能20mm機関砲ファランクスの動作展示がありました。

5インチ砲の旋回、ちょっと油切れっぽい音がしますが、こんなものなのかな?
ファランクスは、ちょうど見づらい位置で、空発射したとき見えなかったのが残念(音だけで楽しみました)。

22隻と大量建造予定で、今後の護衛艦隊のワークフォースとなる「もがみ」型護衛艦、防空の要として今後も長きにわたって活躍するであろうイージス護衛艦「あたご」を両方見られるのは、なかなかないだけに、木更津の展示は非常に良かったと思います。
横須賀より交通アクセスが限られる分、並んだとは言え30分掛からない程度でしたので、じっくり見学できました。

され今週末はいよいよ国際観艦式。今回は一般非公開となってしまったのは残念ですが、どこからか眺めたいなとは考えています。