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百里神社でお参り

先日の百里基地撮影の後、時間があったので百里神社でお参りしてきました。

百里神社

旧帝国海軍の百里原海軍航空隊の守護神として鎮座されたのが始まり、とのことです。

むかしは、鬱蒼とした森の中に忘れられたように存在していましたが、ここ数年、周辺の整備が行われて、その姿が見えるようになりました。

百里基地、茨城空港を飛ぶ航空機の無事故を祈願してきました。

ちょっと周辺が寂しい感じの百里神社ですが、振り返れば花も咲き、春の足音が近づいている感じですね。

城南島海浜公園に行ってきた

緊急事態宣言、東京都は予想通り2月7日までの予定をさらに延期しそうな感じです。なので、お出かけもショッピングモールのような人混みの屋内は控えていて、基本大きな公園に行くことにしています。

ということで、今回は城南島海浜公園へ。飛行機と船が撮れるので、望遠レンズの技量維持兼、子どもたちを遊ばせるのにはぴったりな場所です。

ここは、今は緊急事態宣言でやっていませんが、キャンプ場も併設されていますし、公園と人工の砂浜もあります。この砂浜は、潮干狩りも出来るようで、シーズンになったら潮干狩りしに来たいと思っています。

今回は、600mmの望遠をD850で、標準ズームのスナップを妻のD3400を借りて撮影しました。

メイン機D850+ AF-S 600mmと、妻のD3400

妻のD3400とAF-P 18-55mmの組み合わせはとても軽快です。D850と比べてかなり軽いのは言うまでもなく、AF-P 18-55mmもこれまでのNikonの安価なキットレンズの中ではAFも最速で、VRも4段分補正出来ます。何より、解像力は1万円のレンズと考えると十分ですし、ボケ味も暗いレンズながら悪くないですね。
D3400の画質は、もちろんD850と比べるとややダイナミックレンジが狭い感じですが、ちゃんとRAWで撮って現像すれば、割とよくなりますね。ただ、RAWの現像耐性は、やっぱりフルサイズのD850に軍配ですかね。

一方、重量級のD850とAF-S 600mm f/4G ED VRとの組み合わせですが、やっぱり画質は良いですね。冬の澄んだ空気では、解像力の良さが引き立ちます。最新のEタイプには画質は一歩及ばないと思うけど、あくまで比較した場合。単焦点の望遠は古くても画質は一級品ですね。
SIGMAの150-600mm Sportsもあの値段のズームとしては十分以上に良いのですが、遠景になればなるほど、やっぱり単焦点の良さが出てきます。何より絞り開放から使えて、背景も大きくぼかせるので、より立体感が出ます。この辺りが単焦点望遠レンズとズームレンズとの差でしょうか。

羽田空港、普段はひっきりなしに飛行機が飛ぶはずなのですが、緊急事態宣言中の東京とあって、今は便数も減っているのでしょう。飛んでいる数は少なめです。
そんな中、フライトしていたJALのB777-200のJA8979は、旧日本エアシステムから引き継いだ機体で、現在JALはB777型機の退役を早めていて、1997年製の古いこの機体も、そろそろ引退なのかなと思います。これより若い機体も、COVID-19による輸送減も相まって、引退が早まっているようです。

鳥は…相変わらず撮るの下手。逆光だしね。

AIR DOのB767-300 (JA602A)も1998年製の機体で、ANAからの購入機、そろそろこの機体も引退が迫っているのかな? 90年代の機体は、今機齢20年を超えて、国内線の発着回数の多さから、足周りを中心に痛みが激しくなるため、もうそろそろなのかな…という気がします。

一方Lufthansa のA350-900 (A-DIXO)は2019年製の新しい機体。JALもB777を中心に引退させて、中型最新鋭のA350の導入を行っていて、ボーイング一辺倒だった国内路線の中型機も、エアバス機が増えてくるんでしょうね。

何故そこで遊ぶ…

こどもって不思議な場所で遊びますね。看板の下って…

この後はほとんど船を中心に撮影でした。船もかっこいいんですよ!

望遠レンズ、飛行機だけでなく船撮りにもいいですね。圧縮効果や、前ボケ後ボケも楽しんでみました。
夕方が一番映える時間なのですが、ここらで撮影終了、帰宅となりました。

戦闘機と違ってどれも動きが遅い分、フレーミングをじっくり考えながら撮ったつもり…ですが、まだまだですねぇ。

おみたま一人旅

何しに行ったかは、お察しください(笑
結局、目的のものは撮れなかったけど、周りの人とお話したり、お買い物したり、それなりに充実していたかな?

ススキの季節です

暇だったので、ススキなんかを撮っていました。これはD3400で撮りましたが、ピントが見づらい以外は、特に不満はないですね。

これが飛んだのが、収穫といえば収穫。百里基地には珍しく、前日から居たようで。

茨城空港03L降りのSKYMARK。COVID-19の影響で、春秋航空など海外線は年内いっぱい運休、恐らく年始もこのまま運休は継続でしょうね。というわけで、今は国内線唯一のSKYMARKしか来ません。これでは空港も商売上がったりでしょう。

600mmレンズだと、手前滑走路の旅客機は長すぎですかね。

空のえき そ・ら・らで遅めに昼食とってお買い物したり。
帰りに、霞ヶ浦沿いのハス田の水面に映る空があまりにきれいだったので、車を停めて撮影。

日没直前

お昼くらいは風が強かったのですが、夕方になって風が止まりました。
水面がピタッと静寂に包まれたときに撮りました。

半日没

Nikon D3400にAF-P DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VRでの撮影。逆光でもフレアやゴーストは極めて少ない。1本1万円しないレンズなのに、素晴らしい写りです。
でも、このシチュエーション、広角レンズもちょっと欲しくなってきますね。AF-P DX NIKKOR 10-20mm f/4.5-5.6G VRも、安くて評判の良い広角ズームです。ちょっと検討したいですね。



18-55mmはキットレンズだったりもしますので、中古で安く流れていますが、新品アウトレットでも1万円ちょっとです。

10-20mmは、安いのによく写ると評判なのか、最安値(執筆時点)のAmazonは納期が少しかかるようです。こちらは中古でも人気なのか、値落ちが低いので、新品を買うのが吉ですね。

【大矢孝酒造】残草蓬莱 四六式 特別純米 槽場直詰 無濾過生原酒

残草蓬莱(ざるそうほうらい)、買うのは初めてだったかな? 神奈川のお酒です。

【大矢孝酒造】残草蓬莱 四六式 特別純米 槽場直詰 無濾過生原酒

無濾過生原酒というだけて、大好きなわけですが、こいつは米麹に焼酎でよく使われる白麹を使用しています。
白麹を使ったお酒は、独特の酸味が出るのです。酸味大好きなYamaro のツボなお酒なのです。

酒米は長崎県産美山錦、酸度は3.0と高めで、これは期待が高まります。

まずは冷酒で。このお酒、酒屋のポップには、少しだけ辛口の表示でしたが、日本酒の面白いところで、まずは白麹らしい酸味を伴った甘みがパッと広がり、その後に程よく辛さと苦味が出て、スーッと引いていきます。このバランス、中々です。

やや温度を上げて常温に近くなると、白麹の酸味がより強くなりますが、押し付けがましくなることはなく、濃厚な旨味がきれいに引いていくのは、冷酒のときと同様。酸味が切れの良さに一役買っているのかな?
白麹の酸味、柑橘系の酸味ほど強い酸っぱさは感じません。まろやかな酸味なのです。これが個人的にツボなんですよ。柑橘系の酸味の日本酒も好きですが、白麹の柔らかい酸味もまた大好きですね。

いわゆる淡麗辛口ではないのに、酒の個性を楽しめて、更に引きも良いので、食事の味を邪魔しません。
脂ののった刺し身や肉料理にも合いそうです。

【大矢孝酒造】残草蓬莱 四六式 特別純米 槽場直詰 無濾過生原酒

四六式なんて書いてあるので、妻が「戦車みたい」だってw
ただし、四六式の名称の兵器は、自衛隊にも旧陸軍にもないですけどね。
四六式は、白麹の「シロ」から来ているそうです。

これは、別の残草蓬莱も買ってみたくなりましたね。

【藤崎摠兵衛商店】ながとろdiary 純米さくらにごり

先日呑んだ、「ながとろダイアリー 純米さくらほのか」のベースとなっているお酒。春限定のものですが、先月時点ではまだ店頭に残っていました。
昨年は、ワンカップのみだったようですが、今シーズンは四合瓶でも販売していたようです。四合瓶はもう売り切れていましたが、ワンカップのみ残っていました。今年は、COVID-19の影響で、春は店頭販売ができなかったのも影響しているのでしょう。

【藤崎摠兵衛商店】ながとろdiary 純米さくらにごり

というわけで、秋ですが春のお酒をいただきます。

先に呑んだ「さくらほのか」より、酸味があり、よりマイルドで、澱があるためか、ヨーグルト感が強いですね。

日本酒と言うよりは、ヨーグルトのお酒に近い感じで、おしゃれながらのワンカップによくあっている感じです。

【藤崎摠兵衛商店】ながとろdiary 純米さくらにごり

アルコール度数は8度と低め。甘すぎないのも良いですね。

スイスイ飲めてしまう食前酒といったところです。観光地長瀞も、春は客足が殆どなかったと思いますが、現在はGoToキャンペーンで賑わってきています。
紅葉のシーズンですから、また長瀞は行きたいですね。

【藤崎摠兵衛商店】長瀞蔵 限定醸造 純米にごり酒

先日長瀞で買ってきたお酒。限定醸造、瓶内発酵微発泡だそうです。

【藤崎摠兵衛商店】長瀞蔵 限定醸造 純米にごり酒

飯米の「彩のきずな」を使用しているのは、以前飲んだ仕込み17号と同じですが、こちらは飯米らしからぬ落ち着いた甘さです。
仕込み17号が飯米らしい濃厚なトロッとした甘みだとすると、こちらは一般的な酒米の酒に近い。そして最終的に瓶火入れしているけど、微発泡感を残しているのは、最近よくあるフレッシュ感のある火入れ日本酒にありますね。

瓶に書いてあるように、醪を粗く濾して火入れせず瓶詰めして発酵を進め…とあり、瓶内熟成させた結果、糖分がアルコールに変わったか?

こう書くのは、本当に飯米らしからぬ甘さと辛さのバランスの良さ、高次元でバランスしているからです。いや、まるで酒米の日本酒かのようです。

澱がかなり残っていて、それでいて苦味は抑えられています。酸味も程々あり、フレッシュなのにしっかりとした味です。フレッシュ系に多い、軽い味ではなく、適度にどっしりさもあります。

温度が上がったほうが、そのフレッシュな甘さとどっしりさのバランスが良くなる印象。

【藤崎摠兵衛商店】長瀞蔵 限定醸造 純米にごり酒

アルコール度数は14度、一般的な日本酒より少し低いですが、適度などっしりさが、あまりそれを感じさせないですね。

適度にフレッシュさはあるけど、甘すぎず辛すぎず、温度でどっしりさは調整できる、いやはや、なかなかいいじゃないですか。想像も上を行きました。これはまた買いたいお酒です。

あっという間に空きました。一升瓶がほしいな。

【写研埼玉工場】解体動向(20/10/14)

もう建物はほぼ解体済みでネタがないと思っていた、写研埼玉工場の解体状況ですが…

入口が開いていた。といっても、もう見えるのは瓦礫と土砂の山だけですが。

ところで、ふと思い立って、別の場所から撮れないか探した所、あっさりと良い場所を見つけました。

写研埼玉工場 厚生棟裏手

通りを挟んで解体未着手の厚生棟、その裏手は上り坂となっていて、笹目通りへのアプローチになっています。

厚生棟の横辺りから、埼玉工場の様子、フェンス越しに確認できました。なんだ、もう少し早く気づけば、メインビル最後の解体は見えたのかもね。

現在は、瓦礫をトラックに積んで搬出の作業をしているようです。撤去がある程度完了したら、最後に守衛所も解体されることでしょう。

さて、毎週確認してきた写研埼玉工場解体の確認ですが、今後仕事の関係で、朝確認をすることが難しくなってきそうです。
せめて、外構と看板の撤去までは見守りたいところです。

【写研】土地建物の現状

写研埼玉工場、メインビル、第2工場ともすっかり建物は解体され、解体瓦礫を撤去する作業が続いています。また、第2工場は地下もあるため、地下部分の解体は引き続き続いているようでしたが、残念ながら、この場所からは確認が難しいです。

せっかく写研埼玉工場の解体を追ってきましたので、ここでは付け焼き刃的記事になってしまいそうですが、調べられる限りで、写研に関連する建物の現状をまとめてみました。

一部は過去の記事と重複しますが、ここでまとめてみたいと思います。

株式会社 写研本社

株式会社「写研」の本社は、2020年10月執筆現在、東京都豊島区南大塚2丁目26−13にあります。

現在はメインの通りは中規模ビル街となっている南大塚の通りですが、1972年(昭和47年)に新築された現写研本社ビル、当時は周辺もまだ一般住宅も多かったようです。また、この本社ビル新築時に、社名を従来の「株式会社写真植字機研究所」から「株式会社写研」の改称したとのことです。
これ以前の本社は、豊島区巣鴨に存在していました。

ちなみに、写研は現在に至るもHPを持たない会社(2019年ドメインのみ取得)として知られています。

写研トライアルセンター

写研本社のすぐ近くに存在する「写研トライアルセンター」。ストリートビューでは、2009年時点のデータからありますが、その当時は自販機が設置してあり、鎖も卸されていて、掃除をされている方の写真も写っています。が、2018年以降は自販機も撤去され、鎖も卸された状態です。現在は使用されていないと思われます。

トライアルセンター、という名称から、写植機のデモ機を置いていたのか、あるいは写植オペレーターの育成を行っていたのか、情報がないため、ご存じの方がいらっしゃいましたら、コメントに書き込んでいただければと思います。

写研埼玉工場

写研の記事を書くきっかけとなった、埼玉県和光市に存在した工場です。
1963年(昭和38年)、本社近隣にあった工場が手狭になったとのことで、埼玉県和光市に移転し第1工場を建設、その2年後の1970年(昭和40年)には、より大きな第2工場を建築、更に第2工場は1970年(昭和45年)を増築したとのことです。

当ブログでも

写研埼玉工場跡地はスーパーマーケット「ヤオコー」になるらしい

この埼玉工場後は、開発行為等計画標識に書かれているように、スーパーマーケットの「ヤオコー」に生まれ変わるようです。

写研埼玉工場 厚生棟

メインビルの通りを挟んだ向かいにある厚生棟は、2020年10月現在、解体着手されていません。2階が更衣室、3,4階が社員食堂として使用されていたようです。
現在この建物の所有者は、とある方が登記簿を確認し、2019年11月時点で、同じ和光市内のとある企業の所有となっています。情報提供ありがとうございます。

2020年10月時点では、写研埼玉工場解体業者の駐車場として、1階部分は使われているようです。

写研新倉分室(写研メディア研究所)

埼玉工場と同じ、埼玉県の和光市にかつて存在した新倉分室。別名、写研メディア研究所とも言われていたようです。

1986年(昭和61年)に建造、メディア研究所では、大学との委託研究など進めていたようで、自由なテーマで1年間に1つ論文を書くという制度もあったようです。
ストリートビューでは2015年の写真も出てきますが、もうその時点では使われている形跡はありませんでした。
ここが何時まで使わてていたかはわかりませんが、恐らく今世紀に入ってからは、写研の業績が悪化して社員数も激減したため、使われなくなったのではないかと想像します。そして、2020年に入って解体されたようです。

旧写研メディア研究所(新倉分室)跡地

2020年9月時点では、写真のような空き地になっていますが、周辺は住宅地であることから、いずれはここも住宅地になると思われます。

写研川越工場

写研川越工場は、1982年(昭和57年)に埼玉県川越市芳野台2丁目8−70にかつて存在していました。手動写植(後期のPAVOとSPICAモデル)の生産を行っていたとされています。

現在は解体され、2019年1月に、物流倉庫「SOSiLA川越」となっています。

2007年時点で、川越工場の従業員はわずか10名だったそうで、その人数では、建物の管理とか、ちょっとした保守部品の生産程度しかできなかったと思われます。最盛期は400人超えだったそうです。それを考えると、2010年代の初頭には、ほぼ工場として機能していなかったと推察します。

ストリートビューを見ると、解体前の2017年の時点では、草が刈り取られ、植樹も消えていること、内部にトラックが入っている様子が伺えることから、この時点で解体は決まっていたと思われます

SOSiLA川越建造時の記事には、

今回の「SOSiLA川越」の開発はその商社としての総合力を物語っている。「この土地は写研さんの遊休地だったのですが、鶴ヶ島の土地とこの芳野台の土地の両方を1社で引き受けてくれるのなら、売却しますということでした。

https://www.lnews.jp/2019/02/l0201301.html

との記述があり、住友商事が一手に2つの土地の買収と開発事業を手掛けたようです。

写研 鶴ヶ島にあった土地

上の記事にあった「鶴ヶ島の土地」ですが、とある方からメッセージを頂き、ここだったのではないか? という情報を頂きました。
ただし、情報を裏付けるものは未確認につき、本当にここだったかは不明です。

その場所は、現在、ケーズデンキ鶴ヶ島店となっています。この場所は、長いこと空き地となっていましたが、2017年12月に、ケーズデンキ鶴ヶ島店となりました。

国土地理委員の航空写真でも、1979~83年では空き地となっていますが、草が生えていないことから、運動場として使われていたのではないか? ということでした。

国土地理院地図より 1979-1983年の航空写真

※国土地理院地図がHTMLで上手く表示できていないようなので、画像貼り付けにしました。

この場所については、現時点で確証が取れておりませんので、情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメントに記載お願いいたします。
ところでWikiPediaには、最近この鶴ヶ島の土地に関する記述が追加されましたが、住友商事に売却されたのが「2018年」とは、先の記事のどこにも書いていません。WikiPediaなので、話半分に見たほうがいいかなとは思います。

写研一宮研修センター

千葉県長生郡一宮町船頭給2480にある、写研一宮研修センター。かつては社内研修で使用されていたようです。

ストリートビューでは2014年3月のデータのみでしたが、この時点では車が停まっており、管理はされている状態でした。

しかし2020年8月の、とある方のツイートで写真が公開されていましたが、雑草が生えた状態で、しばらく管理されていない状態となっていました。

写研五日市レクリエーションセンター

名称の情報を頂いたものの、未確認地点です。この名称のみで検索すると、NAVITIMEのHPにのみ情報がありました。東京都あきる野市網代430番地です。
それをGoogleマップで確認したのが、上の地図で、2020年10月現在はGoogleマップでは安達国際合資会社とされていますが、この会社自体は八王子にあり、この場所については記載されていません。
また、この住所を検索すると、2020年1月法人登録検索のHPに、株式会社龍辰(ろうしん)という会社が登録されているようでした。ただ、この会社も登記されたのみで実態は不明です。

国土地理院地図より 1974-1978年の航空写真

国土地理院の地図では、1974~78年の写真時点でこの建物は存在しますが、リクリエーション施設として何だったのかは不明ですし、確証もない感じです。

情報ご存知でしたら、コメントに記載して下さい。

写研屋久島研修センター

自然豊かな島として知られる屋久島にも、かつて写研の研修センターがあったようです。鹿児島県熊毛郡屋久島町小島161−1です。
ストリートビューでは、車道から遠いため、屋根だけが確認できる状態です。
この場所は、写真も検索しましたが、建物全体の画像はなく、衛星写真のみです。


以上が、私が調べた、あるいは情報を頂いた、写研関連の建物とその現状です。すでに本社以外機能していない、あるいは解体、売却されており、写研自体も存続が危ぶまれている状況の中、現存する建物が今後どうなるのか、気になるところです。

【写研埼玉工場】解体動向(20/10/5)

前回の撮影から1週間。

【写研埼玉工場】解体動向(20/10/5)

ついに、写研埼玉工場の建物が消えました。

メインビル、第2工場ともに、跡形もなくなりました。正確に言うと、写真は撮れなかったけど、工事車両出入り口から、1階の壁のごく一部は見えましたが、ほぼ解体完了です。見ての通り防音壁は全て撤去済みで、瓦礫の山のみの状態に。
この瓦礫を撤去したら、外構の解体も始まるのでしょうね。

まだ解体されていない守衛所

埼玉工場で唯一手つかずで残っている守衛所。メインビルと門の間にあるため、メインビルの瓦礫撤去が終わってからの解体となるのでしょう。小さいので半日もあれば撤去できそうです。

写研埼玉工場のインターホン

外構は手つかずなので、まだこうしたインターホンも残されています。当然、押しても誰も出てきません(出てきたら怖い)。

そんなこんなで、建物の解体は一通り完了し、この辺りでは周辺のマンションと同じくらい高かったビルがなくなり、向こうまで見えるようになりました。
時間が出来たら、他の写研の建物もどうなっているか、まとめたいと思います。

【写研埼玉工場】解体動向(20/9/28)

写研埼玉工場(20/9/28)

3ヶ月半に渡って撮影した写研埼玉工場解体も、そろそろ終りが近づいてきました。台風の影響など雨がちで先週は撮影できず、週明けの昨日朝と、夜、見てきました。

ご覧の通り、メインビルも第2工場も、1階の壁を残してほとんど解体されました。この10日間に、第2工場はあっという間に解体されてしまった感じですね。

あれだけ大きかったメインビルも、もはや1階部分と2階のごく一部の壁のみとなりました。跡が瓦礫を撤去しつつ、残りの壁を解体するのでしょう。

ということで、ほとんど解体されてしまいましたので、写真的にはこれ以上は難しいかなとは思っています。
ただ、交差点から見える写研の看板が撤去されるまでは、ちょくちょく確認はしたいと思います。


仕事帰り、少し寄ってみました。もう下から見える部分はほぼ解体されてしまいました。

左上の写真は、メインビルが解体されて、通りを挟んだ奥に厚生棟が見える状態です。
右上は、メインビルの防音壁。防音壁自体も、ビルの解体が進んで撤去されて、高さが低くなりました。

解体されていない厚生棟

今や、手つかずなのは、メインビル手前の守衛所と、この厚生棟のみとなりました。

厚生棟は、1階の駐車場が、解体業者の駐車場となっています。建物自体は全く手がつけられていません。

ところで、この厚生棟も、すでに持ち主は写研ではなくなっています。とある方より情報をいただき、登記簿を確認させていただきました。同じ和光市内の、ここからそう遠くない場所にある、とある企業が保有しているようです。昨年11月に売却されたそうです。
その企業がこの場所をどうするかは不明です。少なくとも、現時点では手つかずの状態ではあります。