日曜日、妻と子どもたちが遊びに出かけたので、1人でふらっと撮影にでかけてきました。
埼玉県は熊谷市、妻沼にある、坂田医院旧診療所に行ってきました。
坂田医院旧診療所
カテゴリは廃墟にしていますが、しっかり管理されている国登録有形文化財です。
昭和6年(1931年)に建造された産科医院で、昭和50年代まで使用されていた建物です。戦前に建造された建物が現代でも残っているのは、当時としては珍しい、平屋でありながら鉄筋コンクリートだからでしょうね。
私も子供の頃は、昭和9年建造の小学校に通っていましたが、木造だったので当時でもボロボロで、卒業と同時に鉄筋コンクリートの建物に建て替えられました。
柵は年代を感じさせるデザイン
築年数90年近い建物ですが、しっかりとして作りで、古さはあまり感じさせません。残念ながら、この日は非公開で、中を窓越しに覗いたところ、どうやら改装中のようです。不定期で公開されているようなので、改装が終わって、公開されたら是非中も見てみたいところです。
写真にもあるように、映画「東京タワーオカンとボクと、時々オトン」で使われたようです。ちなみにその映画はまだ見ていません…。
このあと、特に予定はなかったのですが、ぶらっと街を散策しつつ、看板にもある「歓喜院聖天堂」へと向かいました。続きはまた。
先日、Twitterにも少し画像を載せましたが、2009年1月に撮影した、栃木県は足尾銅山関連施設、宇都野火薬庫跡の写真を掲載します。
足尾鉱毒事件で歴史的にも有名な足尾銅山ですが、発破作業のためのダイナマイトや信管の保管、火薬類の梱包作業所として1912年(明治45年)に石造りの建物、1917年(大正6年)にレンガ造りの建物が、そして1934年(昭和9年)に火薬類の梱包作業所が建造され、1954年(昭和29年)まで稼働していました。
その後長らく放置されていましたが、現在は国指定史跡となって保存対象となっています。
保存対象とは言え、10年一昔、経年で痛みも変わってくるはずです。というわけで、2009年当時の様子を、再掲載したいと思います。
どの建物も、木造の屋根は崩壊、または穴が開きつつあり、おそらく現在は更に崩壊しているでしょう。一方、石造り(大谷石?)や煉瓦の壁は、流石に頑丈で、最近の写真を検索しても健在のようですね。
万一の爆発事故に備えて、窪地に建物が立っているのが印象的でした。おかげで、丘から建物を見ることができます。
現在、定期的に見学会もあるようなので、機会があったらまた行ってみたいですね。
宇都野火薬庫跡 2009年1月
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