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茨城空港のファントム今昔

2011年7月、茨城空港に併設される公園に、航空自衛隊のF-4EJ/RF-4EJファントムIIが展示されました。
早いもので、展示開始からもう10年近く経過します。

やはり10年経つと、塗装も色あせてきますね。台風でキャノピーが外れてしまったこともありました。
それでも、戦闘機部隊としての、ファントムの部隊創設の地でもあり、同じく戦闘機部隊としてファントムが終焉を迎えた地でもあるここにこうして展示されているのは意義があることです。

飛行開発実験団のファントムが2021年3月に退役し、保存展示の声はあちこちで聞きますが、こうした以前からあるファントムの展示機にも目を向けて欲しいと思っています。

静態展示しても、それを維持するのは並大抵のことではないからです。特に日本は温暖湿潤な気候で、錆びやすいので、アメリカの乾燥した地域のように、長いこと方っておいてもそれなりの状態が維持できる環境ではないですからね。

さて、最初に茨城空港の展示機を撮った写真、手持ちでどれが一番古いかは定かではないですが、2012年9月に撮った写真がこちらです。

2012年9月の茨城空港公園のファントム展示機

この頃はまだまだ現役で飛べそうなくらいきれいな状態でしたね。
再塗装してまたきれいな姿を見たいですね。

【百里基地】2009年3月2日の記録

もう12年とはね…。まだ茨城空港がなかった時代です。
当時は空港建設工事中でした。
この日は飛んでいる写真、どれも失敗ばかりで、まともなのが転がりしかないという。まだ全然腕がなかった頃ですね。今もあるのか疑問ですが(笑

現在は、航空自衛隊機は、基地側の滑走路(03R/21L)で離着陸することがほとんどですが、空港建造当時、滑走路の改修などで、03L/21Rを使用していました。
なので、比較的短いレンズでも、離着陸する機体を目の前で撮ることが出来ました。

この当時の機材は、Nikon D300にAI AF-S Zoom Nikkor ED 80~200mm F2.8D(IF)、テレコンにTC-20EIIでした。これでフルサイズ換算240-600mm相当でしたが、D300は、まだ画素数が1200万画素で、テレコンの影響があまり気にならなかったとはいえ、今見るとやっぱりテレコン画像はちょっと絵が眠いですかね。

03L降りの機体を撮影しました。

2015年2月27日の百里基地から

今からちょうど6年前の百里基地。
当時のカメラは、Nikon D810、まだレンズはAF-S 70-200mm f/2.8G ED VRIIに、テレコンのTC-20EIIという組み合わせでした。
今見ると眠い絵が多いのは、やっぱりテレコンの影響ですね。

D810は連写速度が秒5コマと遅かったが、DXにクロップすると秒7コマになった。それでも、以前に使っていたD300より遅かったけど、さすがに画質はD300より良くなった。

時代はミラーレス全盛期となったけど、ヒコーキ界隈、最近チラホラSONYのαも見かけるようになってきたけど、相変わらず一眼レフ優勢。
やっぱり光学式でダイレクトにファインダで見えるほうが、コンマ何秒の世界では、まだ優位なのかな?
とはいえ、α9シリーズやα1のように、ブラックアウトフリー撮影できるのが一般的になれば、いよいよ一眼レフも引退なのかな>

2015年といえば、まだまだファントムが元気に飛び回っていた頃で、305SQの梅組F-15J/DJも配備されていた時代です。逆に、まだケロヨンファントムの301SQはまだ百里基地ではなく新田原基地でした。

6年も前ともなると、もう一昔前な感じが出てきますね。

2007年2月の百里基地から

自分が戦闘機を本格的に撮り始めるようになったのはここ12年ほどで、それ以前もたまには撮っていたけど、本格的に撮ろうという感じではなかった。
当時はまだフィルムカメラのNikon F90Xsがメインで、フィルムではデジタルのように、現像代を気にせず無尽蔵にシャッターを切るわけにも行かず、まして当時は望遠レンズはSIGMAの古い70-300mmか、AF-S Zoom-Nikkor 80-200mm f/2.8Dにテレコンだけで、満足に撮るには焦点距離も足りなかった。
なので、ほんの記録的な写真程度しか撮っていない。

RF-4EJ (57-6374)

RF-4EJの374号機。戦闘機型から偵察機型に改装された、いわゆる限定改修機と言われている機体で、LOROPポッド(長距離斜めカメラ)のみの搭載が可能な機体(だったはず)で、2012年の百里基地航空祭では、すでに退役して、基地の傍らにいろいろな部品を取り外された状態で置かれていたのが印象的だった。

2007年といえば、まだ百里基地には204SQがいた時代です。

この当時、まさか百里基地が10年後にはファントムのみの基地になるだなんて予想だにしませんでしたし、その後ファントムを抱えていた302SQが百里基地に移転したことで、戦闘機撮影に火がついた、と言ってもいいかな。

さらばジャパニーズファントム!

航空自衛隊百里基地の公式Twitterより、最後のF-4EJファントムIIの飛行隊だった第301飛行隊が、三沢基地所属の第3航空団に移動したこと、F-4EJ改ファントムIIの運用を終了したことが発表されました。

個人的には、今月頭に最後のファントム撮影を終えました。
301SQのファントムの最後には立ち会えませんでしたが、これで正式に、戦闘機部隊としては、現役で飛ぶ日本のファントムの運用が終了したことになります。

残りの現役ファントムは、飛行開発実験団所属の4機となりますが、戦闘機部隊のファントムが全て運用した現在、こちらも今年度内には退役となるのでしょうね。

F-4EJ (17-8301) 2019年10月撮影

301号機は、1971年に導入されたF-4EJファントムの初号機で、302号機とともにアメリカのマクダネル・ダグラス(当時:現ボーイング)で製造された機体で、それ以降はライセンス国産となっています。

製造から約半世紀、2020年現在も現役で飛ぶ、戦闘機としては我が国最古の機体です。途中多くの機体は改修されて、レーダーなどが改装され、HUD(ヘッドアップディスプレイ)が搭載されるなどしましたが、301号機は、導入当時のままの姿です。よく半世紀も維持できるものだなと感心します。

個人的に初めてファントムを生で見たのは、1998年の航空自衛隊千歳基地の航空祭でした。

既に、北海道では、戦闘機部隊は全てF-15J/DJに切り替わっていて、ファントムは百里基地の偵察部隊の501SQ、F-1からF-2配備までのつなぎとして、8SQに所属していた三沢のファントムが展示されていました。確か、展示のみで、飛行はなかったですね。

当時のフィルム、上にアップしたように、変色が始まっています。フィルムシートからはみ出て空気に接するフィルムは、変色が激しいようです。

F-4EJ改 (37-8308)

こちらは1999年の千歳基地航空祭より。やはりファントムはゲスト機なので、飛行展示はなし。後ろにT-33Aが見えますが、これも、これが最後の航空祭となってしまいましたね。

2006年 入間基地航空祭で展示される8SQのF-4EJ改 (57-3854)

就職、転職を経て、2006年、初めて入間基地航空祭に行ったときに見た、やっぱり8SQのファントム。8SQのファントムに、何故か縁がありました。洋上迷彩になっていますね。

飛んでいるファントムを撮れたのは、2008年に入って、初めて百里基地で撮影をしたときでした。

RF-4EJ (77-6392)

懐かしいですね。
ファントムをもっとたくさん撮るようになったのは、2010年代に入ってからですね。