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木更津駐屯地 創立56周年記念行事「第50回 木更津航空祭」に行ってきた (その2)

続きです。この観覧場所だと、アナウンスが殆ど聞こえないので、状況はあまり良くわからないけど、とりあえず見てるという感じ。

何年後化はわかりませんが、攻撃ヘリと偵察ヘリは全てUAV(無人機)に置き換えるという方針になり、この2機種も遠からず見られなくなります。

ただ、代替のUAVって特に決まっていないんですよね。単に流行りものに乗っかった挙げ句、何も決まっていない…とならないようにしてほしいですね。

そして展示飛行も終了。やっぱりここのメインはCH-47JAチヌークなんだな。

でも久しぶりにUH-60Jの機動も見られたのが良かったかな。何せ、海空と比べると、陸自のUH-60Jは余り見る機会がないんですよね。

そして最後にV-22オスプレイが6機、ずらりと展示と体験飛行のため整列しました。ここから雨がひどくなってつい移動してしまいましたが、このあとにエレファントウォークさながらに機体が移動、撮り逃しちゃいましたね…。

上の1枚目、退役した保管機の連絡機LR-1とV-22オスプレイのコラボ!3枚ペラ同士で、わりと似ている機体同士だったり?

オスプレイ6機が並ぶ頃には雨が強くなって、早めに帰る観客も多かったかな。そのため、この後お昼を買いに行ったら、露天のお店は在庫を積み上げてちょっと可愛そうな状況でした。お昼の書入れどきに皆さん帰っちゃいましたからね…。

ササッと地上展示を見る

雨が強いので足早に。

何とオスプレイの格納庫が空いていました。中には入れないけど、撮影禁止ともなっていなかったです。

整備中のV-22オスプレイ

結構貴重なシーンですね。

そしてさらに貴重な航空自衛隊の給水車も。いすゞの全輪駆動トラックのTSDの自衛隊版で、懐かしのボンネットトラック。
今や現役車は数少ないそうで、貴重な1台。73式大型トラックの登場でこのタイプの導入は少なくなったものの、 HTS型として自衛隊向けには1993年まで製造していたそうで、この車両は1990年(平成2年)式でした。こう見えて昭和ではなく平成の車両なんですね。

悪路走破性に優れていることから、原型が1951年から生産されていたため、基本設計は70年以上前の車両ということになります。すごいな~

一旦格納庫で雨宿り

チヌークにちなんだマーキング

ゲスト機は荒天のため殆ど来なくて、米軍からは唯一海軍厚木基地のMH-60Sがハロウィン仕様で展示。この機体は揚陸指揮艦ブルーリッジ搭載機です。

ブルーリッジは長年横須賀港が母港なので、日本人に馴染みの深い艦艇。ハロウィンなのでお菓子をくれた隊員さんも日本語ペラペラw。

雨が強いのでUH-2もちょっと見ただけ。まあこの機体はいずれ陸自の主力機になるので。マンホールの蓋も何種類かあるそうですが、雨なので確認したのはこれだけ。

最後にオスプレイをちょこっと見て、帰投の撮影は諦めて自分が先に帰投しました。

オスプレイ洗機、富士重工業(現スバル)専用水栓なんてあるんですね。水道料金別枠かな(笑

午後は雨がひどくなってしまいましたが、飛行展示中は小雨だったのが幸い。雨だから行くのやめようかと思ったけど、来年もうオスプレイは移動のため見られない可能性もあり、来てよかったですね。

木更津駐屯地 創立56周年記念行事「第50回 木更津航空祭」に行ってきた (その1)

忙しくて更新できていませんでしたが、先日土曜日、木更津へ行ってきました。

天候は「雨」。この日の天気予報は早朝から雨が降り始め、お昼以降強くなる、とのことで、行くかどうかかなり迷いましたが、妻から「行かない後悔するなら行ってきたら」の有り難い一声で、しっかり雨天装備も持参し行ってきました。

午前5時半の木更津飛行場

早めに着いて偵察活動(笑)。午前6時頃から雨が降り始めましたが、腹をくくって駐車場へ移動。幸いにも、午前7時過ぎに一旦雨は止み、時々小雨が降る天気ながら、何とか持ちこたえた感じです。

そして予定時間に無事入場。お、新型汎用ヘリのUH-2も来ていますね。

残念ながら、荒天ということで外来機は米軍のMV-22オスプレイを始め、警察や消防、民間機などが飛来せず、やや寂しい展示となってしまいましたが、飛行展示も編隊の経過飛行以外は実施されたのが幸いでした。

オスプレイは飛ばないの?? 新しい格納庫が遠方に出来ていますね。いえいえ飛びますよ。遠方でスタンバイしていました。
陸上自衛隊のV-22オスプレイ17機は、木更津駐屯地への配備は2025年7月までの暫定配備で、その後は佐賀空港に移動する予定のため、この規模の陸自オスプレイを木更津で見られるのは今回が最後、と思っています。
が、ここには重整備を担当するスバルが拠点を構えていて、定期整備は米軍のオスプレイを含め木更津で行う予定となっていて、全く見られなくなるわけではないものの、木更津航空祭でこの規模で見られるのは今回が最後になるはずなんですよね。

そのオスプレイが動き始めました。そして、今後退役が決まっているOH-1「オメガ」に、去年はいなかったUH-60JAの姿も。
そういえば、2013年度の調達を最後に、陸上自衛隊ではUH-60JAは新規調達されておらず、そろそろ初期の期待は30年近くになり、今後の動向が注目されます。
まさか新型とは言えUH-2で補うのは、ちょっとパワー不足な感じはしますが。

今回はあまりオスプレイ飛ばないなぁ。それでも、荒天で飛行展示中止とならなかったのは良かった。雨は時々小雨が降る程度、一応カメラは濡れないよう防水カバー、対策は万全で挑みました。

やっぱりここの主役はCH-47JAなんですね~。今年は去年はなかったヘリボーンによる車両や普通科(歩兵)の展開の展示も。オスプレイもその速度を活かした展開が本来の使い方ですからね。

撮影場所、ミスったかなと思ったけど、ここはここで良かったかな。天気はどんよりでしたが、幸いこの時点では時々小雨が降る程度、来てよかった。そして去年割と航空祭や駐屯地祭で荒天だったこともあり、それなりに装備をしっかりしていたのも良かったです。望遠レンズのレインカバーはめったに使わないけど、ここでは役に立ったし、カメラバッグもレインカバーがあるので助かりました。
割とゴミ袋を被せたり、なにも対策していない人も多かったのですが、防滴対応のカメラレンズでも、長時間ではトラブル発生の確率が上がるので、対策をするに越したことはないですね。

続く…


大切な望遠レンズを壊さないように。防塵防滴仕様でも過信は禁物ですよ。

鎌北湖の佇む2つの廃ホテル

鎌北を訪れた本来の目的。

森に飲まれた廃ホテル「山水荘」。このロケーションが個人的にお気に入りです。
ですがまずは「鎌北湖レイクビューホステル」に向かいます。

鎌北湖レイクビューホステル

廃ホテル2つというタイトルですが、こちらはホテルではなくホステルです。かつては「鎌北湖ユースホステル」だったようですが、2006年にユースホステルとしては閉業し、その後公共の宿泊施設(自治体と民間が運営する第三セクター)となり現在の名前になったようで、2010年代前半までは営業していたようです。
トリップアドバイザーの最新の記事でが2015年でした。
以降は営業している様子はなく、通電はされていて電気はついているという書き込みはありました。
2022年には、既にオーナーが宿泊を断っているというブログもありました。
また2023年には改装している?スタッフ募集しているとの情報も見つけました。「

結局やっているのかやっていないのか、はっきりしないですね。

しかし2024年9月、実際に来てみると…


自販機は撤去され、冷蔵庫が外に出されていました。立ち入り禁止のテープも張られています。営業中の看板が出ているのは御愛嬌。

かなり汚れが目立つ建物

建物もかなり汚れが目立ちます。どうやら、中のものをある程度出した様子です。「2019年現在、予約が入ったときは営業している」という廃墟検索地図の情報ですが、2024年時点ではどう見ても営業できる状態には見えません。
建物の管理はされているのでしょうけど、公式サイトもつながらない状態で、事実上の閉業状態と言ってよいでしょう。

奥に行ってみました。どうやらしたの1枚目左側の部分が大浴場ですね。


タンクが併設されていて、かつては秩父の大滝温泉 神の湯から温泉水をわざわざ輸送し、このタンクに入れて風呂に供給していたようです。以前は温泉を運んでいたタンクローリーが廃車同然に置かれていたようですが、撮影時点では存在しませんでした。

かつてはハイキング客でにぎわっていて、いのぶた料理も提供されていたようですが、今はわざわざこの山奥に宿泊しようという時代でもないのかもしれません。
建物の老朽化もあり、改築してまでの営業は難しいのかもしれませんね。その建物自体は、昔ながらのデザインながら、なかなか味のあるデザインです。
食べログに現役当時の料理屋客室の写真があります。これを見る限り、悪くない感じですね。

ホステルの奥は雄大な森。森林保全には企業も出資しているようです。ここは林道が各所にあり、ハイキング客もちらほら。あまり時間がないので、森の散策はせず戻ります。

続いて…山水荘へ。

警告看板には、所有者の名前(後述のI氏)、住所(毛呂山町ではないが埼玉県内某所)、電話番号があり、「(不法進入による)全責任は毛呂山町の悪政にあります。」とただならぬ雰囲気。
どうも現在の所有者は、毛呂山町に対して怒っている様子です。良い子(おっさんですが)なので、ここから眺めるにとどめました。
ちなみに円形状の本館建物のあった場所が、悪政…と書かれた看板の左奥です。
2007年に撮影された、まだ円形の本館やその隣の建物が現存していた頃の写真を上げたXの投稿を見つけました。レイクビューホステルも現役の貴重な写真ですね。

2007年6月に中央の建物は取り壊しされ、2011年10月には左の円形の建物は不審火により焼失しました。

それにしても草木が鬱蒼としていますね。リスクを冒してまで中を見たいとも思わないので、ここで退散します。

周辺はモミジが多く、これからの秋の紅葉時期はなかなかよさそうです。
春にはダム堤防に桜の木もあるので、そこもよさそうですね。

ここからは座学?

「山水荘」は何時頃できたのか?

国土地理院の航空写真を見てみると、1961年(昭和36年)までは、この場所は森になっていましたが、1962年(昭和37年)9月時点で、まず独特な円形状(扇型?)の建物が完成しているのが見えます。これが本館です。

1962年9月、本館らしき円形状の建物ができている

1964年(昭和39年)5月には、不鮮明ながら中央部分の建物が出来ているように見えます。また鎌北湖レイクビューホステルの前身である「鎌北湖ユースホステル」の建物らしきものも見えるので、この2つの建物は似たような時期に建造されたようですね。

1964年5月、中央の建物もできているように見える

1969年には、現在も残る別館の建物がするので、60年代に全ての建物が完成しているようです。

1969年には現存する別館らしき建物も確認できる

写真を撮り忘れていましたが、鎌北湖の駐車場の脇に「いのぶた」の商標にまつわる石碑があり、これを商標として登録したのが、当時の山水荘のご主人の小山朝雄氏だったそうです。
この「登録商標 No.1186297」を見てみると、1970年(昭和45年)に出願し、1976年2月に登録されています。ずいぶん時間がかかるものです。

その後10年ごとに更新していたようですが、2005年には更新されず、2006年2月をもって権利満了により消滅しています。
ちなみに商標権を持っていたのは「鎌北観光興業株式会社」で、すでに廃業または倒産した企業とはなっていますが、その登記場所の住所が「埼玉県入間郡毛呂山町大字大谷木1266番地」となっていて、これを調べると、なんと前回紹介した「福寿亭」の場所となっています。

つまり、福寿亭も山水荘の同一のオーナーだった可能性があります。

1997年頃に山水荘は経営難から閉業したとの情報があります。かつては元毛呂山町長の小山捷児氏が所有していたそうです。
ここで、1970年代の山水荘のご主人と、元毛呂山町長が同じ「小山」の姓であることに気づきます。
小山朝雄氏と小山捷児氏は、もしかしたら兄弟?あるいは親戚同士だった可能性がありますね。

その後所有者が変わり、2007年には中央の建物は取り壊しになったようです。
しかし、その後再開することはなく、2011年10月には円形状の本館建物が不審火により火災喪失しています。
現状では廃墟化した別館が残るのみです。

こんな情報を見つけました。何年か前に鎌北湖開発の話が持ち上がっていたようです。
それに関連し、現在の所有者は毛呂山町の町長が山水荘を買い取るという話を持ち掛けたが実現しておらず、これに怒り心頭のようです。断片的な情報ながら毛呂山町議員のブログに書かれていました。

なるほど、あの看板にあった「毛呂山町の悪政」とはこのことなんでしょうね。
実際にどういったやり取りがあったのか、さらに調べてみるとこんな記事を見つけました。長文で詳細に書かれています。

記事には、2004年にS社が小山捷児氏(1991~95年の元毛呂山町長)が保有していた山水荘物件を購入したことや、
「経費の軽減になると考え建物の一部を壊し」とあり、時系列的に2007年に中央部分の建物を解体したことと合致します
その後、S社の創業者で株主でもあったI氏が個人的に山水荘を購入しています。
しかし所有するだけでも維持管理費や固定資産税がかかる中、2016年に鎌北湖の観光開発の会合があり、その中で町長やその関係者、土地の所有者I氏との間で山水荘買取の話が出ていたようですね。
その会合後に開発や買取の話が進展はなく、I氏は約束を齟齬にされて怒り心頭のようです。

山水荘は画廊にしたいという話もあったようで、建物はそのままリフォーム(年代的にアスベストを使っていて解体建て直しとなると相当な費用が発生する)、という話もあったようですが、物件の買取か賃貸かでも齟齬があったようです

もちろんこの記事の内容が100%正しいかはわかりませんし、読んでいくと話がつながらない部分もあり、やや一方的な感じはありますが、何となくこの山水荘にまつわるイザコザが分かったような気がします。I氏からすれば、ここまでの経緯がまさに「毛呂山町の悪政」なんでしょうね。

なかなか泥臭い話ですが、そういった事情もあり、現在も手つかずのままなのも致し方ない感じなのでしょうね。口約束、怖いですね。

あと、元毛呂山町長の小山捷児氏が2004年まで所有していたことも分かりましたが、元町長がいつごろから所有していたのかは不明で、2018年に80歳で亡くなっているようです。町長任期中に病気で失明し、1期で退任したようですが、その後も様々な活動をされていたようですね。
心霊スポット云々は興味がないので…

ネットで調べた限りはここまでが限界ですね。

最後に面白い発見。毛呂山町の2010年の広報誌の末尾に、1960年(昭和35年)4月ころの山水荘の写真が掲載されています
https://www.town.moroyama.saitama.jp/material/files/group/3/42212.pdf
現在はここは廃業している「おたか 湖畔荘」があり、山水荘は1960年ごろまではダム堤防外側で営業し、その2年後の1962年頃に現在の場所に移転したと考えられます。
誰が経営者だったのか、いつ頃元町長の所有となったのかはわかりませんが、廃業後の経歴はなかなかでした。
ここに限らず、こうした廃墟の背景にはいくつものドラマがあるのだなと痛感させられた次第です。

鎌北湖の周辺を散策した

ふと思い立って、埼玉県入間郡毛呂山町にある鎌北湖に行ってきました。初めての場所です。

目的はこれ。廃ホテル「山水荘」ですが、まずは湖畔を散策することに。
鎌北湖は、1935年(昭和10年)に完成した人口の農業用貯水池で、なかなか歴史のあるダムのようです。
数年前には、耐震化工事のため「池の水全部抜く」を実施したそうで、検索してみると、この写真からは想像もつかないくらいかなり深い貯水池のようです。
こちらのブログに、水を抜いた状態の写真があります。これを見ると、せき止め部分が台形型のフィルダムの形状のようですね。

洪水吐は独特の形状で、ゴミが流れ出にくい形状なんですかね? 流れ出た水はトンネルに吸い込まれていきます。

一見ダムに見えないのですが、柵のない道路部分はダムの頭頂で、湖の対岸はご覧のように緑に埋め尽くされていますが、均一に傾斜しているので、人口物と分かります。
鎌北湖レイクビューホステルの看板があちこちにありましたが、こちらは後で訪問するとして、もう少し湖周辺を散策します。

取水施設はおしゃれな建物ですね。

ボート乗り場にはスワン型と通常のボートが固定されていて、町のHPの写真では、ずらりとボートが並んでいますが、現在はボート故障のため営業中止しているようです。


ボートも長い事使われた形跡がないですね。毛呂山町観光協会が運営していたようですが、故障を直す予算はないのでしょうか?
鎌北湖の案内看板も文字が見えなくなっています。
以前はもう少し観光客がいたようなのに、どうしてこんなに荒廃した雰囲気になってしまったのかな?

ボート乗り場の対岸、鎌北湖の入り口付近にあったる「おたか 湖畔荘」は閉店していました。
プロパンガスも外されていて、ストリートビューを見ても、一番古い2011年の時点でプロパンガスは取付けられておらず、もっと昔に廃業したようです。
調べてみると「おたか」自体は同じ毛呂山町の別の場所で営業しているようです。ここがいつまで営業していたかの情報は、調べてもわからなかったです。

湖畔を少し歩きます。湖の管理棟らしき場所に人は不在でしたが、カレンダーは現在のものが内部にかけられていました。

福寿亭というお店は閉まっていましたが、車が置いてあるのはどうやらこの辺りがヘラブナの釣りスポットのようで、恐らくその釣り人の車でしょう。

福寿亭は閉業したようです

ここはかつては入漁券を販売していたようで、ある2010年の釣りブログに、ここで入漁券が買えるという旨書かれていましたので、その辺りまでは営業していたと思われます。
ただストリートビューで一番古い2011年の時点でも営業している様子はありません。

こちら側からも「山水荘」が見えますね。この湖、対岸がすぐ見えるのであまり深そうに見えないけど、実際はかなり深いのは水を抜いた際の写真を見るとよく分かります。

ダム堤防まで戻ります。わき道があり、ここからダム堤防下まで降りることができ、さらに先はそのまま林道につながっています。

ダム堤防脇に下まで降りられる階段があった

降りてみました。
この人工の川は、どうやら洪水吐のトンネルに吸い込まれた水がここから出ているようです。


そしてここから荒川水系の大谷木川の始まりとなるようでした。

大谷木川起点

降りた先に大谷木川に沿った林道があります。そのまま麓も街まで行けるようです。

時間があれば散策してみたいところですが、今日の目的ではないので戻ります。

ということで、ここからはやっと本題というか、本来の目的地を散策しますが、それは次回に。

RED監修のN-Log用LUTを試してみた & H.265とAV1コーデックの比較も

先日Nikonより、Nikonの一部の一眼カメラで採用されている動画用のN-Log収録用に、RED社監修のLUTが公開されました。

対応機種は Z6III、Zf、 Z9、Z8、Z7II、Z6II、D780、Z7、Z6 です。

  • Technical LUT(1 種類)
    従来、機種ごとに提供していた N-Log に対応した LUT を 1 ファイルに纏め、RED 社のカラーサイエンスに則った動画に最適な色味に変更しました。Technical LUT は、N-Log のカラースペースから一般的な視聴に適した Rec.709 規格に変換することができます。
  • Creative LUT(4種類)
    RED 社が提供する LUT の色味を N-Log で再現できるようにした 33 点の LUT です。
    ▹ FILM BIAS
    伝統的な「フィルムらしさ」を追求した LUT。自然なスキントーンと黄金に輝くハイライトが特徴で、どのようなシーンもシネマティックに演出します。
    ▹ FILM BIAS BLEACH BYPASS
    フィルム処理技術の一つであるブリーチバイパス(銀残し)を再現。コントラストが高く彩度が低いのが特徴です。映像をよりドラマチックにし、リアリティを強調します。
    ▹ FILM BIAS OFFSET
    暖かみのある色調とスプリットトーンで、ヴィンテージフィルムのようなルックを再現。芸術的なシーンや風景撮影に最適で、映像をよりスタイリッシュかつエレガントなものにします。
    ▹ ACHROMIC
    低コントラストのモノクロで、被写体のテクスチャや形状を強調します。ディテールに焦点を当てつつ、柔らかくクラシックなルックで芸術的な表現が可能です。

https://downloadcenter.nikonimglib.com/ja/download/sw/258.html

Davinci Resolve 19にLUTを適用する

フリー版でも高度な編集作業が可能なDavinci Resolve 19に、RED社監修のLUTをインストールします。Windowsは以下の通りです。
Davinci Resolveを起動し、カラーからLUTsを開き、LUTsを右クリックすると「ファイルロケーションを開く」が表示されるので、クリックします。

ファイルロケーションを開くで、LUTのファイルフォルダが開きます

フォルダが開くので、Nikonフォルダを開き、そこにダウンロードしたLUTファイルをコピーします

Nikonフォルダ内に5つのRED監修LUTファイル(.cube)をコピー

従来の機種別ファイルとは別に、機種共通のRED監修LUT5種類が使えるようになります。
あとは、N-Logで撮影した動画ファイルのノードに、適用したいLUTを選択します。

シリアルノードを追加して、そこにLUTを適用

さほど難しくないので、簡単にLUTによる画作りが楽しめますね。

4種類のCreative LUTの比較

早速N-Logで収録した動画に適用してみました。

この映像がCreative LUTに適しているかどうかは別として、雰囲気は感じていただけるかと思います。

今回はYoutube用にAV1コーデックを使ってみた

いつもはH.265で書き出ししているのですが、今回はグラボをAV1のハードウェアエンコーディングに対応できるAMD Radeon RX 7800XTに改装したので、AV1で書き出しを行いました。

フォーマットをMP4に設定いするとAV1コーデックが選択可能になる

H.265は最近のここ数年の動画対応機の多くが採用しているコーデックですが、高額なライセンス料が必要とされるH.265に対し、ロイヤリティフリーライセンスのAV1は、今後普及が期待されているコーデックです。H.265に対し、3割程度ファイル量を減らせるともされています。

実際に、今回Davinci Resolve 19でAV1とH.265でそれぞれ書き出し、処理速度とファイルサイズの比較をしてみました。

これはAV1の圧勝ですね。今回、N-RAWの動画を使用し、更にデータがHDDだったため、読み出し速度がやや遅い状況でしたが、それでも6分弱だったAV1に対し、H.265は7分超で確かにAV1のハードウェアエンコーディングの効果が出ています。Radeon RX 7800 XTはAV1対応ハードウェアエンコーダーを2基搭載しているので、これが効いているのでしょうね。
ゲームはしないけど動画編集をたまにやる自分にとっては、今回Radeon RX 7800 XTの選択は正しかったかもしれませんね。

ファイルサイズも比較しました。

上がH.264、下がAV1で、大差はないが、9%程度AV1のほうがファイルが小さい

H.265(上のファイル)に対し、AV1では約9%ファイルが小さくなりました。1割に満たないので大きな差はないものの、AV1の優位性はあるようです。
ただ、H.265はビットレートの設定など細かく詰められるのに対して、AV1はDavinci Resolveでは細かい設定はないので、これについては今後検証する必要はありそうです。


せっかくLUTも充実してきているので、N-Logも積極的に使っていこうかな、と思います。
Studio版のDavinci Resolveも…いつか欲しいな

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【函館】山上大神宮

夏休みのこぼれ写真から。妻と函館山にある坂を巡っていて見つけた神社です。

山上大神宮

山上大神宮(やまのうえだいじんぐう)は、何と始まりが1368~1375年からという、北海道開拓以前からある歴史の長い由緒ある神社だそうです。
これ、自分が知らなかったように、地元の人でも知っている人はなかなかいないのではと思います。
何度か場所を移動し、現在の場所に建てられたのが1902年、現在の社殿は「昭和5年(1930年)6月に改築が始まり、同7年(1932年)3月に竣功」とあり、戦前からの歴史の長い社殿なんですね。

1932年に完成した社殿

知る人ぞ知る場所なのか、ちょくちょく人は参拝に来ていました。正月時期はそれなりに賑わうのかもしれませんが、駐車場があるわけでもなく、急な坂の上にあるので、一般観光客は来づらい場所だと思います。それが返ってよいのかもしれませんが。

函館山にあるので、函館湾もよく見えますね。
ありきたりの観光スポットに飽きた方、神社巡りがお好きな方、ぜひ訪れてみてください。

ナッチャンWorld 2024年8月の状況

既に夏休み中のブログに掲載していますが、改めてメインPCで再現像の上、一部写真追加して掲載します。

ナッチャンWorldは2008年5月に当時の東日本フェリーが青函航路(青森ー函館間)に導入したウェーブピアサー型高速フェリーです。
しかし、高速フェリーの常で、燃費の悪さとそれに伴う採算性の悪さから、定期航路としては半年程度で運行を終え、東日本フェリーは海運会社のリベラに吸収合併され、新たにスタートした津軽海峡フェリーでは、季節限定で運行していました。私も姉妹船のナッチャンRera含め、2回程度は乗船しましたね。

2024年8月、函館西埠頭に停泊する「ナッチャンWorld」が見える

2012年まで不定期運行後は係船されていて、防衛省に売却されるという噂もありましたが、結局2016年にPFI法に基づいて設立された特別目的会社「高速マリン・トランスポート」が保有することになりました。自衛隊の輸送も可能になった一方、民間にも貸出可能な船となって現在に至っています。
ただ、高速マリン・トランスポート社が防衛省と輸送契約を結んでいるのは2025年10月までと、あと1年強しかなく、その後の本船の動向が気になるところです。

近くで拝見しましたが、所有者が変わっても、高速フェリーとして就航した2008年から外観塗装は変わっていません。
おおよそ自衛隊の輸送に使用する船には見えないですね。米海軍も同様の高速船を所有していますが、軍艦と同様のグレー塗装です。

今見ても斬新な形状の船体は、ウェーブピアサー型と呼ばれる双胴船の一種で、船底の中央は空洞になっています

東日本フェリー~津軽海峡フェリー時代と違うのは、船尾に大型のタラップが追加され、専用桟橋を使わずとも車両の搭載が可能になったことです。
フェリー時代は、青森と函館のフェリー埠頭に、この高速フェリー専用のドイツ製の桟橋がありましたが、航路撤退と共に桟橋は撤去されています。
このため、現在はどの埠頭でも使用できるように大型タラップが設けられています。

船体の塗装はややヤレが見られますね。それでも就航当時の小学生が書いたオリジナルの絵柄を残しているのが良いですね。

2008年就航で、今年で16年目の船体、民間フェリーはおおよそ20年程度で売船されることが多いのですが、ナッチャンWorldはいつまで使われるのでしょうね?

廃墟となった母の実家を見に行った

母方の祖母が亡くなって7,8年ほど経ちます。うちは両親とも青森出身で、父の実家は売却解体されて現存しませんが、母の実家は現存しているのは、Googleストリートビューで確認していました。

夏休みの函館帰省の際、青森到着時に時間があったので、様子を見に行ってきました。
最後に来たのは30年ほど前、正月の帰省の際に、そのお迎え準備をしていた祖父が、車に載せていたお米を持ち上げた際に心臓発作を起こし(元々持病があった)、ニトロ服用も間に合わず亡くなり、ここでお葬式を行いました。
その後、自分も高校生になり、母もここへは帰省しなくなりました。祖母もその後施設に入るようになり、そのまま施設で亡くなったため、この家は少なくとも10年以上使われていない状態です。

母方の祖父は大工もやっていたようで、実は2階部分の道路側は増築されています。よく見ると増築された2階部分は、元々あった部分より窓のサッシが新しいのがわかります。
その祖父は内装工事中に亡くなってしまったため、2階部分の一部は内装未完成状態でした。しかし当時から祖父母2人暮らしだったのに、何で増築していたかはわからず。
昔の田舎の家なので、親戚一同集まってもいいように広げていたのかな?
道路側のトタンの構造物はガレージで、これも祖父が1人で作ったものです。最後はここに車を停めた後亡くなったようです。

現在、母の姉夫婦が管理(物置代わりに)しているそうです。全国にはそうした事情の廃屋がたくさんありそうですね。
周辺の様子はこんな感じ、海に近い場所です。ここで帰省したときは釣りとかカニを採ったりしたなぁ。

この辺りの風景は30年前から大きく変わっていないです。子供の頃もっと広いと感じていたのですが、実際来てみるとそうでもないというのは、子供の頃の記憶あるあるですね。

函館帰省2日目 海水浴に行ったり観光したり

帰省2日目。翌日以降、台風による天候悪化があるため、今回は2日目で外で楽しめることを満喫しました。

まずは海水浴。函館で実家の近くといえば七重浜海水浴場です。
函館は周辺が海に囲まれた陸繋島なので、海へのアクセスは簡単です。

上の娘は小さい頃に来たことがあるけど、息子は海水浴は実質初めてでした。
でもゴーグル持ってきたので、潜れて一番満喫していたな~。娘はもう髪を海水につけたくないみたいなので、腰まで浸かる程度でしたが。

ここは駐車場も無料で、駐車場が埋まるほど混まず、とても快適ですね。昔は北海道は寒くて海水浴なんて…って感じでしたが、今や北海道の海水浴場は適温ですね。

最後はスイカで〆でした

スイカも食べて実に夏らしいな。

子どもたちは海水浴で疲れてしまったので、午後は妻と函館山周辺を観光。
函館山の坂のうち、観光客に人気の「八幡坂」以外を一通り見てきました。これだと駐車禁止となっていない所に車をちょっと停めて楽しめるんですよね。

最後の写真の坂の遠方に「ナッチャンWorld」が停泊していたので、近くまで見に行ってきました。

東日本フェリー(現在法人が消滅)時代に青函航路の投入されるも、わずか1年に満たず定期運行から外され、現在の津軽海峡フェリーに移管されたあと、紆余曲折を経て現在は防衛省が設立した民間会社が自衛隊の輸送目的で所有しています。2025年までは、実質的に自衛隊の輸送船ですね。
船体の塗装は東日本フェリーで就役した当時のままで、当時公募で小学生が書いたデザインが採用されています。

函館は海上自衛隊の掃海部隊があるので、掃海艇や掃海艦が並ぶバースに留められているようですね。
フェリー時代にはなかった大型のタラップが船尾に搭載されています。

定番の金森倉庫周辺も散策。晴れていてよかった!


妻は映画「名探偵コナン100万ドルの五稜星」にまつわる場所を散策したかったようで。自分は観ていませんが、結局定番の観光スポットを舞台としているみたいですね。
天気が持ってよかったです。

函館帰省1日目

今回の実家函館帰省は仕事終わりの金曜日の夜出発というなかなかの強行軍で挑みました。

いつもは栃木の妻の実家に行ってからの、函館に向けた車での自走(フェリー含む)でしたが、今回は諸事情に寄り東京から直接青森まで自走して、そこからフェリーに乗るという行程、走行距離は700km超です。

花輪にて休憩

1度給油をした以外、5時間ほぼぶっ続けで運転、これは事前に30分だけ仮眠したのが良かったかなと。妻に運転交代してもらってまた仮眠しつつ、青森に早朝到着。
朝食は青森魚菜センターにてのっけ丼でした。

牡蠣も頂いちゃいました!
車の場合は向かいの駐車場が1時間200円でおすすめです。

お昼のフェリーまで時間があるので、三内丸山遺跡にも行ってきました。

暑かったので、早々に屋内展示に避難しましたが、充実していて良かったです。今度はもう少しゆっくり見たいな。

お昼のフェリーで函館に移動です。昼食、事前に買っておけばよかったな~。この時期は混んでいて、フェリー埠頭の売店の食べ物は品切れ、事前に何処かで購入をおすすめします。

実家に到着して、夜は花火しました。

長い1日だったな~。疲れたけど、楽しめたので良し!