8月30日、防衛省より発表された「防衛力抜本的強化の進捗と予算 -令和7年度概算要求の概要-」 は、日本を取り巻く安全保障環境が大きく変わり、自衛隊もそれに対応すべく大きく変化し始めたことを端的に示している内容となりました。
こちら から資料を確認することができます。
令和6年8月30日付で公開された「防衛力抜本的強化の進捗と予算 -令和7年度概算要求の概要-」
個人的なトピックを拾ってみました。
民間海上輸送力の活用(p8)
これによると、現在民間船による輸送は「ナッチャンWorld」 と「はくおう」 の2隻でしたが、これが8隻たいせになるようです。
よくみると、「民間船舶6隻を確保」とあります。つまり「ナッチャンWorld」と「はくおう」を廃船し更新するのではなく、この2隻は継続使用(2025年までの契約なので契約更新)の上で、更に6隻を追加するものと読めます。 個人的には、ナッチャンWorldがまだ見られるのは嬉しい限りです。6隻の民間船は、これまでの2隻のような高速船なのか?、中古なのか新造なのかも気になりますが、契約期間や改修期間の短さから、中古の船舶と思われます。
2025年までの契約だったナッチャンWorldも契約更新される可能性が高い
潜水艦発射型誘導弾の開発・取得(p12)
文字情報のみですが、これまで開発だけだった「潜水艦発射型誘導弾」が、具体的な取得に踏み込みました。 これとは別に、垂直発射型の巡航ミサイルの導入も検討されていますが、垂直発射型はミサイルのみならず、発射する潜水艦本体からの設計が必要で、既存の潜水艦に導入不可能なので、現在最新の「たいげい」型潜水艦の次の潜水艦からの導入になるでしょう。 潜水艦発射型誘導弾は、従来の533mm魚雷発射管から発射可能なミサイルで、これまでのハープーンBlock IIでもGPSによる対地攻撃は可能でしたが、射程が短い(124km以上とされている)ので、より長射程のミサイルとなるはずです。
これに限りませんが、自衛隊の国産兵器は、開発期間が長く、開発完了して配備が始まる頃に陳腐化というジレンマがありましたが、近年は取得しつつ継続開発(改修)をしていくようになりました。これは他国なら当たり前のことでしたが、どうせ使わない戦わないという感じだった自衛隊の装備も、明日戦うかもしれない、という考え方に変わりつつあることを示しているように思いますね。
イージス・システム搭載艦(p14)
これ自体は既に公表されている装備ですが、今回具体的な船体イメージが出てきました。
AN/SPY-7アクティブ・フェーズドアレイレーダー が本来陸上配置だったイージス・アショア用ですから、かなりの大きさであることが分かります。 これまで日本のイージス艦は、4面のフェーズドアレイレーダーの上に艦橋がありましたが、イージス・システム搭載艦は艦橋より上にレーダーを配して、レーダーの視界を優先しています。レーダーが高い位置にあるということは、重心位置も高くなるため、復元性を確保する上で、船体も大型幅広になると思われます。
128セルのVLS(ミサイル垂直発射装置)を搭載、将来的にトマホークや高出力レーザー兵器を搭載予定となっています。 結局のところ、トマホークを登載するということは、能動的な攻撃も可能であることを示し、従来の護衛艦と同様な運用になってしまわないか懸念されるところです。本来は弾道ミサイル防衛のための装備ですが、それはあくまで表向きになりそうな…。
こんごう型イージス艦の後継艦の技術調査(p14)
ついに具体的に初代のイージス護衛艦「こんごう」型の後継艦の話が出てきましたね。
2015年の観艦式より、中央と右の艦艇がこんごう型イージス護衛艦
米海軍以外では初めて海外に売却が許されたイージスシステムを搭載した艦艇ですが、こんごう型は1番艦の予算化は1987年(昭和62年)、昭和なんですよね。 護衛艦「こんごう」の竣工は1993年(平成5年)で、既に艦齢は31年に達しています。従来であれば、もう後継艦が建造中で間もなく退役、という感じでしたが、護衛艦の艦齢は海外派遣の増加や予算不足もあり伸びる傾向にあり、従来30年に満たず退役していた艦艇も、軒並み30数年は運用する感じになっています。 実は「こんごう」型のベースとなった米海軍の「アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦」も、1番艦の「アーレイ・バーク」は1991年竣工で、まだ退役の具体的な予定は決まっていないようです。艦艇が長く使われる傾向は米海軍ですらそうなのだから、海上自衛隊はなおさらでしょうね。
「こんごう」型の具体的な除籍時期は決定していませんが、今から後継艦の技術調査となると、技術調査→予算化→設計→建造で概ね6、7年程度かかるとして、2032年前後なのかと想像します。それまでにイージスシステムのアップグレードは…恐らくなさそうですね。ここはアーレイバーク級の初期の艦と同様、ベースライン9へのアップグレードは検討してほしいところです。ただ、「こんごう」型は諸事情により米国製ではないオリジナルの兵装の割合も多く(イタリアの主砲、国産ソーナーなど)、イージスシステムとのインテグレーションなど少々面倒な要素があるのも、アップグレードしにくい事情の1つかもしれません。
艦載型UAVの取得(p16)
UAVの取得が進んでいますが、艦載型、それも小型と書いてあることから、多くの護衛艦に搭載できそうな感じです。
これは護衛艦などに登載することで、SH-60K/L哨戒ヘリを補間するものと思われます。哨戒ヘリ取得数の減少との絡みもあり、どう運用されるか、どのようなセンサを積むのかが注目ですね。サイズ的には、護衛艦のヘリ格納庫にSH-60K/Lと一緒に収まるくらいなのでしょうね。どうやって離着陸するか、カタパルトのようなものを使うのかもしれません。
衛生通信網の整備(p18)(補足:p41)
多国間の衛星通信帯域共有枠組み対応機材整備、これは西側の同盟国の衛星通信を活用することで、ワールドワイドでの活用を目論んでいるようですね。 次期衛星通信の整備も始まるようですが、トピックは既に練習艦「かしま」「しまかぜ」で運用されている商用低軌道衛星通信機材の整備ですね。
写真を見ると気づく人もいると思いますが、この商用低軌道衛星通信とはStarlink です。 練習艦から先に導入されたのは、新人海上自衛官の退官阻止が狙いと思われます。というのも、今やスマホを使った情報社会ですが、艦艇勤務では従来個人携帯は使用できず、専用の通信回線で家族などと文字でのメールが出来る程度しかなく、情報隔離されていました。これに耐えられない新人隊員もそうですが、中堅どころもやはり情報から遮断される勤務に耐えられざず、退官者や艦艇勤務を避けるといった傾向が近年増えているようです。 もちろん、機密の観点から作戦中の情報統制はされるかと思いますが、ではどこからの作戦で情報統制するか、通信の秘密と機密の観点のバランス、難しいですしね。
以下背景はp41にも書かれています。
p41より抜粋
これで多少の隊員の精神的な改善が期待できればいいのですが。
共通戦術装輪車(p22)
16式機動戦闘車をベースとした三菱重工製の共通戦術装輪車 のシリーズとして、89式装甲戦闘車 の後継として24式装輪装甲戦闘車が正式化されたようですね。同様に96式自走120mm迫撃砲 の後継として、24式機動120mm迫撃砲、そして87式偵察警戒車 の後継として、まだ正式化されていないものの偵察戦闘型が計画されていて、これまでバラバラに開発されていた車両を、ベース車から派生させることで、開発コストを抑えているようです。
96式装輪装甲車 はフィンランド製のパトリアAMVが後継車両となりましたが(日本製鋼所がライセンス生産)、こちらは三菱重工が開発していたため、系統としては別になりますね。
これにより、国産車両の空洞化は避けられたかな。全て国産である必要はないと思いますが、かといって全て海外に頼るのも調達の面でよろしくないですからね。
次期初等練習機の取得(p24)
航空自衛隊のT-7初等練習機 の後継機取得が具体化してきています。
T-7練習機は富士重工製(現スバル)で、2000年に取得が決まった際は、対象機種としてスイス製のピラタスPC-7も候補に出ていました。 今回、スバル製となるのか、はたまたピラタスになるのか興味深いですが、イメージのシルエットがどう見てもピラタスです(笑) 恐らく、ピラタスPC-7 シリーズまたはPC-21 になるのではないかと見ています。 世界的に練習機は共通化が進んているので、個人的にはスバルが手掛けることは、ライセンス生産や整備であり得るかもしれませんが、一から作る、あるいはT-7の改良型の線は薄いのかなと思っています。
23式艦対空誘導弾(p29)
ずっと「新艦対空誘導弾」の名称でしたが、なんと去年正式化されていた!? 24式ではなく23式艦対空誘導弾となっていて、これがミスタイプとかでなければ、去年公表された試験艦「あすか」からの発射シーンは、既に正式化されていたとなりますが、どうなんでしょうね?
このミサイルは03式中距離地対空誘導弾(改)をベースとしており、火器管制レーダーによる中間指令誘導と最終的にミサイル自身のアクティブレーダー誘導による攻撃が可能で、恐らく次期FFMから搭載されるでしょうね。 米国製ESSM(発展型シースパロー艦対空ミサイル)より長射程化されていると思われますが、これにより米国製システムを登載するイージス艦は搭載兵装も米国中心とする一方で、国産の汎用護衛艦の系列、新型FFMやそれに続くDDXはミサイルも国産化が進むのでしょうね。この辺り、海上自衛隊の艦艇は2系列の装備でバランスを取っている感じですね。
予備装備品の維持
従来航空機を除いて、自衛隊の装備品は寿命いっぱいまで使い切って廃棄とされてきました。 しかし陸上戦では、例えばウクライナ紛争では、陸軍大国のロシアは古い戦車も活用しています。旧式化した装備でも、使い方によっては有効な戦力になることが証明されていますし、そもそも装備数が少ない自衛隊の兵器を少しでも維持する方向になってきたのは一定の評価をしたいですね。
昨年度いっぱいで全車退役した74式戦車は、現有の16式機動戦闘車と共通の105mm砲弾が使用可能ですし、90式戦車も列強の戦車の中では決して古い装備ではありません。米軍のM1エイブラムス戦車は、初期型は90式戦車より古いですが、現在も改良されて運用されているように、90式戦車はまだまだ有効活用できる車両です。 MLRSも然りで、これらが廃棄ではなくモスボールされるのは、いわば「備え」なんですよね。いよいよ中国の脅威が差し迫っているとも言えます。
水中発射型垂直発射装置の研究(p34)
これも具体的なイラストは初めてかな? 潜水艦発射型の垂直発射装置。 サイズに余裕がある米海軍の原子力潜水艦と違い、通常動力潜水艦にはサイズ的な限界があります。日本の最新の「たいげい」型は、世界的に見ても通常動力型としては最大級ですが、VLS(垂直発射装置)を登載するということは、必然的にその区画は全階層がミサイルで埋め尽くされることになります。
イメージ図では、セイルの後方にVLSがありますが、潜水艦の場合、この区画にエンジン、モータ、蓄電池があります。こちらのページのイラスト が参考になります。もちろん船体を伸ばせば不可能ではないのですし、弾道ミサイル原潜は、ロシアのタイフーン級を除くとセイル後方にミサイル区画がありますが、これはミサイルが大きく発射機を重心位置を中央に配したいためでしょうね。タイフーン級は例外ですが、船体が世界最大級に大きく、セイルを広報に回しても余裕があったからかもしれませんね。 VLSは実際はセイルの前方に設けられるのではないかと思います。米海軍の攻撃原潜のバージニア級 も、セイル前方にVLSを装備しています。搭載数も多くないので、前方のほうが合理的に感じますが、さてどうなるやら。
川崎重工が独自に作成したイラストは、セイルが後方に、ミサイル区画は前方と思わせる構造に
川崎重工が2023年12月に独自作成したコンセプト案のイラストでは、セイルを後方に、ミサイル区画は前方になっています。そして海自潜水艦はうずしお型以降セイルプレーン(セイルの横についている潜舵)を採用してきましたが、これが船体側の先代に戻っています。セイルが後方になったことにより、潜舵の効きを維持するため船体側に移動させています。 個人的に、このイラストのほうが現実的に感じますが、韓国のKSS-III は通常動力潜水艦ながら、セイル後方にVLS6セルを搭載しているようです。色々考え方があるんでしょうね。
組織改編(p51)
かなり大掛かりな組織改編が入るようです。
陸上自衛隊は武器学校などが統合され、後方支援学校が新編されます。 海上自衛隊では、何と護衛艦隊と掃海隊群が統合されて自衛艦隊となり、その直下に水上艦隊、さらに水上艦群、水陸両用戦機雷戦群、哨戒防備群となります。これは大きな変化で、特に水陸両用戦機雷戦群は、海兵隊のような役割を担うのか注目です。 航空自衛隊では宇宙作戦群が宇宙作戦団が新設され、そこに3つの宇宙作戦群がぶら下がる形になります。 指揮系統の改善が図られるとよいですね。
かなり詳細に書かれていますので、安全保障の観点からも一度目を通しておくとよいでしょう。