「Panasonic LUMIX GX7MK2」タグアーカイブ

YOKOSUKA軍港めぐり船に乗って米空母や自衛艦を見てきた

米海軍横須賀基地配備の、空母ロナルド・レーガン(CVN-76)が8月1日、横須賀港に入港するとのニュースを聞きつけ、せっかくの土曜日で関東梅雨明け、と言う天気の良さも手伝って、急遽横須賀に行くことに。
妻は仕事、子供ら2人連れてということで、撮影機材は軽量なLUMIX GX7MK2に便利ズームのG.VARIO 14-140mmとしました。

いやよい天気でした。気温も急上昇。
YOKOSUKA軍港めぐりの観光船を予約して、いざ横須賀へ。
14時の便に乗りました。

出港してすぐに見られるのが、海上自衛隊の潜水艦。この日は、最新のそうりゅう型ではなく、1世代前のおやしお型が2隻停泊していました。潜水艦は、行動秘匿のため、就役中は艦名の表示は船体から消されているので、これらが具体的な艦名は不明となります。ハッチの厚さも秘匿のため、緑のカバーがされています。

砕氷艦「しらせ」(AGB-5003)は、南極から戻った後に整備で塗装されたばかりとのことで、非常にきれいな状態でした。

逆光で見づらいですが…イージス護衛艦「まや」(DDG-179)は最新の護衛艦で、共同交戦能力(CEC)を備えた初めての護衛艦となります。NIFC-CA FTSにより、他のCEC搭載艦が捉えた標的の情報を得て、自艦のレーダーに映らない標的を攻撃可能な「エンゲージ・オン・リモート(EOR)」にも対応します。
イージス艦では初の、COGLAG推進(ガスタービン・電動機の複合推進)となっているのも特徴です。

この日の目玉は、何と言っても米海軍空母「ロナルド・レーガン」(CVN-76)が午前に入港したことですね。
5月末以来、2ヶ月ぶりの帰港の目的は不明で、帰港は前日に横須賀市に伝えられ、この日の夕方には再び出港する慌ただしさだったようですが、隊員は束の間の休息を楽しんでいたようで、飛行甲板をよく見ると、所狭しと並べられたホーネットの翼下で、Tシャツハーパンのラフスタイルで休んでいる風景が見られました。

アーレイ・バーク級駆逐艦は、いずれも初期型のフライトⅠが停泊中。巡洋艦アンティータムは、・バーク級駆逐艦は、いずれも初期型のフライトⅠが停泊中。巡洋艦アンティータムは、近代改修されていますが、BMD(弾道ミサイル防衛)能力は持たない艦です。

ブルーリッジはずっと日本に配備されていて、日本人にもおなじみの艦艇です。今年の11月で艦齢50歳の、現役米艦艇でもっとも古い艦艇になります。


米海軍を見た後、軍港めぐりの船は吾妻島の北側へ向かいます。

自衛艦隊指令部のあるこちら側は、普段陸側からはあまり見れない場所で、軍港めぐり船でないと、中々見れないですね。

特に海洋観測艦は、対潜戦のための各種海洋情報収集のための重要な艦艇で、戦闘艦が注目されがちですが、それらを影で支える裏方になります。
下の写真では、海洋観測艦「しょうなん」(左)と「わかさ」が並んでいますが、今年度に入り自衛艦は、艦艇塗装のロービジ化(低視認化)を進めており、その一環として、艦番号もコントラストの低い塗装に変更されています。まだ変更過程なので、新旧艦番号の違いが比較できるのも今だけですね。
煙突も、端部の黒い塗装が、灰色に改められています。

吾妻島の西側は、元々は陸と繋がっていた半島だったのを、明治時代に水路化し「新井堀割水路」と呼ばれているようです。吾妻島は現在米海軍の敷地となっていて、一般人は立ち入りできません。
ところで島にトンネル倉庫らしき扉がありました。今は使っていないようですが、元々は弾薬庫だったのでしょうか?

再び護衛艦隊の前を通過し、船旅のフィナーレを飾ります。
なかなか珍しい「あさぎり」型護衛艦の3隻メザシ状態の停泊シーンは、このアングルで見るのは貴重です。
最新イージス艦「まや」も、マストのアンテナ類をじっくり見ることが出来ました。

米曳船は、どうやらこの後、空母「ロナルド・レーガン」の出港を支援したようです。色の褪せた宿泊艦は、今はエンジンがなく稼働できませんが、現在も宿泊艦として現役、就役したのは第二次大戦が終了する1945年ですから、75年も前の船です。今でもこうして使っているのはすごいですね。


連れて行った娘は若干船酔いしてしまったようですが(船酔いしやすいのを忘れていた)、息子の方は前半眠そうでしたが、後半は起きて楽しんでいたようです。
空母に会えたのは、一期一会で良かったですね。

【写研埼玉工場】解体動向(20/7/27)

毎週お送りしている気がする写研埼玉工場の動向です。
写真は、撮影時間の時系列が前後していますが、ご了承ください。

今週の作業予定

この工程表は、昨日夕方に撮影。朝も撮影に行きましたが、その時点では先週のままで、まだ更新されていませんでした。
表を見てもらうとわかるように「躯体解体(くたいかいたい)」と書かれている通り、建物の主要構造物の解体が始まったようです。並行してアスベスト除去作業も行われているようです。

奥に見える第二工場ですが、写真のこの面は、以前張られていた防音壁と足場がなくなっていました。元第一ビルのあった場所には、棚や鉄筋と思われる金属くずが積み上げられていました。

先週と先々週の写真を比較してみると、先々週13日時点で張られていた防音壁が、先週20日では既に上の方から外されて建物が見える状態になっているのがわかります。写真を撮って比較して気づくという典型ですね。
ということは、この面から第二工場の解体が始まるのかもしれません。

久しぶりに見えた第二工場の外壁

第二ビルを別角度から。防音壁が外され、恐らく解体が始まる直前なのでしょう。この姿も、次はもう見られないかもしれませんね。
内装撤去はほぼ終わったのでしょうね。

そして裏手に回ってみると…

重機の音がしていましたが、ついにメインビルの解体が始まったようです。先に工事が始まっていた第二工場より先に、メインビルが解体され始めていました。
私は素人なのでよく分かりませんが、重機が届く下側の外壁からこうやって解体するのですね。上はどうやって解体するのだろうか?
望遠側にズームアップした写真を見ると、建物内に棚がそのまま残されているようで、搬出はせずに、重機で潰しながら取り出しているのかな?
向かいのマンションの上の階体とよく見えそうです。タイムラプスで撮影してみたいものです。

夕方の解体状況

解体が始まるとあっという間なので、仕事が終わった後、また来てみました。解体は結構進んでいますね。次行けるのはまた来週か、今週どこかで見に行けるといいいのですが。


というわけで、いよいよ解体が始まり、建物がどんどん消えていくことになります。写植で一時代を築いた歴史ある会社が、少しずつ消えていこうとしています。

【写研埼玉工場】解体動向(20/7/20)

シリーズでお送りしております写研埼玉工場解体動向。
何故か私も毎週通うようになりまして。

いよいよメインビルの正面と横は、防音壁によってすっぽり隠れて見えなくなりました。

この場所からは、奥の第二ビルが垣間見える

目の前のポールは「写研」と大きく書かれた看板のものです。このアングルからだと、奥の第二工場の防音壁が張られていない場所から、建物が直接見えます。
まだ内装撤去しているのかな?
この日は月曜朝なので、まだこの時点で今週の工事予定表は更新されていませんでした。

見上げると写研の看板

この看板が、唯一ここが写研であることを主張しています。ステンレスの看板なので、ペンキが剥がれても、基本的にサビもほとんど無く頑丈そうな看板です。ビルの解体が終わって外構の撤去の時までは健在かな?

メインビルを裏手から

どうやらメインビルの裏手には防音壁は設置しないようですね。
今やメインビルの姿を見られるのは、この裏手側だけとなりました。

建物の解体はいつになるか分かりませんが、始まるとあっという間でしょうから、やっぱり足しげく通うしかないんですね。

【写研埼玉工場】解体動向(20/7/13)

毎週恒例? 写研埼玉工場の解体動向です。
今回は便利ズームではなくSUMMILUX 15mmだけでしたので、望遠写真はなしです。

防音壁が正面全体に張られたメインビル

先週はまだ1階部分だけ張られていた防音壁ですが、ついに正面側全体に施工されました。恐らく、まだ張られていない横もこれから施工されるでしょうから、これでメインビルの外観は見えなくなりそうです。
最初に取材を始めて1ヶ月位になりますが、まだ1ヶ月前は足場を組み始めた段階でした。こういうのは始まると早いですね。

メインビル横の防音壁も着々と施工中

奥に見える第二工場は以前から変化なしです。メインビルも来週には防音壁で見えなくなってしまいそうですね。

毎回必ず看板は撮ることにしています

来週にはメインビルは見えなくなりそうで、写研と何ら関わりのない自分ですが、毎週見るようになると、何故か寂しさというものは出てきますね。

最近もまた写植や写研について調べていますが、やはり全国に写研書体のファンが多いのはひしひしと伝わりますし、日本全国で使われていた写植機を生産していた工場が、今時代が移り変わりなくなろうとしている、様々な業種は時代とともに現れては消えているわけですが、その歴史は後世に残さねばと思います。

とまあ偉そうに書いていますが、私にできることはこうして写真に撮ることくらいです。10年も経てば、ここは立地的にもマンションなど住宅となるでしょうから、かつてここに日本の書体を支えた写研の工場があったんだよ~というのも、写真でしか残らなくなりますから。Googleのストリートビューは、そういう意味でも、今後歴史を伝えるアーカイブとしての意味合いを果たすでしょうし、写真はより精細な当時の状況を残せるはずです。

【写研埼玉工場】解体動向(20/7/7)

梅雨時期でなかなか撮影が難しい季節です。九州は大雨で大変なことになってますし…。

そんな中、雨の切れ間?ということで、朝時間があったので、またまた写研埼玉工場撮影してきました。

まずは厚生棟。ここは何も変化なしです。雨が多かったからか、外壁が薄汚れています。よく見ると、ミラーに自分が写ってるw
1階の駐車スペースは、工事関係者の駐車場になっているのは変わらず。

工事予定のパネルは、担当者が書き忘れたのか、先週のままでしたので、今回は未撮影です。

メインビルは大きな変化はありませんが、足場のネットと、1階部分の防音壁はが追加されて、着々と解体準備が進められている様子です。

第二工場は大きな変化なし

第二工場はすっぽり防音壁に覆われているため、内部の作業進捗は不明です。かつて箱の上に大きな「写研」と書かれた看板があった場所です。ここは早々に撤去されたようで、最初に撮りに行った先月半ば時点で、既にありませんでした。

足場固定のため、一部窓ガラスは割られている

メインビルのクローズアップ。足場を固定するため、一部の窓ガラスは割られていました。大きく開けられなかったからなんでしょうね。

裏手からはネットが張られて、ネット越し写真ばかり載せていましたが、今回はネットの切れ間から、第二工場の奥のメインビルを撮ってみました。
裏手はこのまま足場や防音壁は取り付けないのかな?
エアコンももう稼働できないでしょうから、一部窓は恐らく換気のために開放されています。この蒸し暑い時期に、大変ですよね。

ところで、トマソンな鉄扉が最上階にあります。間違えて開けたら終わり…ですね。この手の扉は、恐らく大きめの重量物の搬入とかで使うのでしょうけど。意味があるから設置しているのだと思いますが。

ところで、Googleのストリートビューでは、恐らく解体工事着工直前となる、2020年3月に撮影された写研埼玉工場を見ることが出来ます。

2020年3月に撮影された写研埼玉工場のストリートビュー

このアングルからは、2010年からのデータがありますので、見ていくと、2010年は写研の看板も、まだそれほど色あせていなくて、10年の時の流れを感じさせます。
ストリートビューで周辺を見てみると、2010年も、メインビル入口に警備員はいますが、他に社員らしき人の姿はなく、厚生棟も使われているようには見えませんでした。
2007年時点で、埼玉工場の社員数は30名、それから3年後の2010年で人気がない感じなので、その間に多くの社員が退職してしまったのでしょうか?
ストリートビューには、既に解体されてしまった第一工場も見られます。

色あせた写研埼玉工場看板

この看板は、象徴として毎回撮りたくなります。最後まで残って欲しいですね。


写研埼玉工場の記事も増えてきたので、カテゴリーに「建築物」、サブカテゴリに「解体」を追加しました。

まだ早いと思うけど…

COVID-19もまだ収まる気配はないけど、その影響で異動や契約終了となる派遣さんの送別会がありました。

個室で、席の間隔も開けてですけど、5ヶ月ぶりの飲み会、いいですね。
飲み放題に瓶ビールがあったんですよ。これがまた良いです。瓶で飲むと美味しく感じます。

まだ早いよなぁ、この時期に…とは思うけど、ね。じゃあいつならいいのかと。難しいところです。

早く行くつけのお店にも行きたいですね。

【写研埼玉工場】解体動向(20/6/29)

なんだかシリーズ化しつつある、写研埼玉工場の解体動向ですが、この日もたまたま出社前に時間があったので、チャリンコでひとっ走りしてきました。

写研埼玉工場

今週の作業はこんな感じです。

廃材搬出や内装解体が主な作業

建物も大きいため、内装撤去作業はかなり時間をかけて行うようですね。

メインビルも防音・防塵壁が取り付けられている

メインビルにも、徐々に防音・防塵壁が設置されていて、徐々に建物が外から見えなくなりそうな感じです。周辺はマンションが多いため、騒音にはかなり配慮している様子です。

メインビルの足場の設置も進み、第二工場は防音壁で全体が覆われています。

第一ビルは解体済み?

第二工場とメインビルの間の、第一工場があったと思われる場所は、既に解体済みのようです。
資材置き場になっていました。

裏手に回ってみました。メインビルは、裏手側はまだ足場も組まれていませんが、第二工場は防音壁で完全に覆われていました。
まだしばらく内装撤去作業がメインのようですが、状況的に先に第二交渉が解体されるのだろうと思います。
工期はまだ半年以上あるので、建物自体の解体着手はもう少し先でしょうか?

看板の撤去は最後か?

古びた写研の看板は、まだ撤去される様子はありませんが、これがなくなると、知らない人は、もうここが何のビルだったかもわからなくなりそうです。

引き続き、時間を見つけてウォッチしていこうと思います。

実にマニアックな清瀬下宿ビオトープ公園

もう先々週の話になってしまいましが、子供たちと行ってきた、清瀬下宿帯トープ公園。

新座市で妻がお買い物中、子供たちは密を避けて、且つ遊ばせるという課題をクリアするため、見つけたのがここでしたが、ここって東京都なんですね。清瀬という名前、あまり意識していなかったけど、地図をよく見たら清瀬市、つまり東京都。ここは埼玉と東京の境目が出っ張っていて不思議です。

公園、ということで子供たちも喜んでついてきました。ここは清瀬市の運動公園の横にあり、車もそこに停めて行きます。

が、すぐに遊具がないことに子供たちは気づいたようです。
「探検だよ」と言って着いてこさせますが、子供たちも、遊べる公園じゃないということには気づいたようで。

流れているのは人工の小川で、隣りにある下水処理場で処理した水と地下水を混合させて吹き出させているそうです。
詳しくは、清瀬市のHPをご覧いただくとして、この時期だからか后が生い茂ってしまって、遊歩道辺は割と鬱蒼とした感じです。虫嫌いな子供たちは、虫を見るたびにギャーギャー騒いでいました…。

清瀬水再生センター

向こうには、清瀬水再生センターが見えます。ここに限りませんが、水処理場を公園と併用させるスタイルは結構多いですね。

やっと開けたところに出てきました。池にはアメンボウとトンボ。魚は見なかったですね。
HPにはカルガモもいるみたいに書かれていましたが、見つからなかった…。

割とちゃんとした池

ということで、虫取りが好きな子供ならオススメかも…。残念ながら家の子供達にはピンとこなかったようです…。
この日、この公園で見かけたのはオッサン2名。うち1人は、草の生い茂ったところで写真を撮っていたようで、生物写真家かな?

人工的に作った場所ですが、生き物は色々いそうな感じです。
ただ、子供たちの反応はいまいち(笑)だったので、また妻お買い物中の子供たちの遊ぶ場所、探さないとだなぁ…。

【写研埼玉工場】解体動向(20/6/23)

個人的に気になっている写研埼玉工場の解体の動向ですが、6月23日、たまたま近くを通る機会があったので、写真を撮ってきました。

足場の架けられている範囲が広くなった写研埼玉工場のメインビル

前回見たときより、足場とネットが張られている範囲が広くなっています。

今週の工事計画は、23日の時点で外部養生設置、廃材搬出、ということのようです。

6/22の週の工事計画

持っていたレンズが、このとき単焦点のSUMMILUX 15mmのみ、ということで、M4/3の、もう少し広角レンズが欲しいところです。Xperia 1の広角で撮ってもいいのですが、やっぱりちゃんとカメラで撮りたいな。
かと言って大きな一眼レフでうろつくのも違いますしね。

入口は足場はまだ組まれず

写真の真下が、ちょうど入り口となりますが、そこは足場が組まれていませんでした。

たまたま入口が開放されていた

工事車両の出入りがあったからか、たまたま入口が空いていたので、そこから中の様子が見えました。
手前の端のめくれている部分は、「定礎」のプレートがあった場所でしょうか? 解体にあたって、ここに入っていた図面を確認しているのでしょう。

そして奥には瓦礫と、第二ビルが見えます。瓦礫は第一ビルのものなのか。とすると、既に第一ビルは解体済かもしれませんね。
奥の第二ビルは、外観上はまだネットが張られたままですが、入口ドアがあったと思われる場所は、ドアが外されています。内部の解体は進んでいるのかもしれません。

向かいの厚生棟は特に変化なしで、解体はまだ先なのでしょうか。

次はいつ行けるか分かりませんが、定期的にレポートしていこうと思います。

写研埼玉工場が解体されるとのことで見に行ってきた

この記事に反響を多く頂いており、書いた本人も少し驚いていますが、当方、デザインやDTP、フォントについては素人で、書かれている内容に間違い誤解があるかもしれませんので、その点、ご容赦、ご指摘いただければと思います。


昨日、たまたまTwitterを見ていたら、こんなツイートを見かけまして。

写植、と言うキーワードから、久しぶりに「写研」と言う会社を思い出しました。

実は何年か前、表題の「写研」埼玉工場の横をたまたま通って、人気のない大きなビルなのに、ちゃんと維持管理されているっぽい感じだったので、何の会社だろう?と調べだしたところから、写植の会社であること、写植って何?となって、写研について調べたりしていました。
昔は写植・フォントといえば写研だった、その後デジタル時代になりDTPが主流になっていくも、現代に至るまでデジタルでフォントを販売しないこと、今どきHPを持っていない(2019年7月にドメインは所得)など、色々と逸話のある会社のようです。調べれば調べるほど、面白い会社だなと。
そして、今はかなり減ったようですが、道路の青色看板のフォントなども、ちょっと前までは写研のフォントが用いられていたとのことで、実は知らず識らずに我々は写研に触れていたということも。

※現時点では、まだ道路の青看板のフォントは、法令で写研のナールが用いられているとのご指摘がありましたので、訂正させていただきます。

写植の話題をツイートしたら、フォロワーさんより…

貴重な経験談も頂きました。写植機、昔は一般的だったということなんですね。

元々廃墟写真が趣味で、古い建物そのものが好きだったりしますが、写研の埼玉工場、立派で管理されているのにほぼ無人(入り口に警備員はいた)、というのになにか惹かれるものがありまして。

ところで、この一連の流れから、ふとWikipediaの写研の項目をたまたま見たところ、

2020年4月15日、写研の埼玉工場の解体が開始された。

という項目が追記されているのを見て、タイムリーでいても立ってもいられなくなりまして。
そんな中、たまたま昨日買い物担当になり、車に乗る機会が得られたので、お買い物ついでに写研埼玉工場を見てきました。

写研埼玉工場の看板、もちろんフォントは自社製で、後にこれをベースに「ファン蘭」という書体が販売されたそうです

雨降っていて、あまり写真は撮れなかったけど、この看板が写研を象徴するものとなっています。しかし、だいぶヤれてしまった看板ですね…。

この写研の看板のフォントも、もちろん自社製フォントで、後にこれをベースに「ファン蘭」と言う書体が作られ販売されたようです「任天堂」のフォントにも用いられているようですね。
※「任天堂」の書体は、ファン蘭ではなく、よく似たファンテール体に分類される、とのご指摘をいただきました。

一部足場が組まれている

建物はまだなくなっていませんでしたが、足場が組まれていて、敷地内に目隠しもされていて、確かに解体工事が始まっているようです。

この日は日曜日ということもあって、作業は行っていないようでした。が、この雨の日にも窓は開放されていて、もはやビルとして機能していないことがわかります。
写真右隅の窓には、以前からこんな感じで箱が積み上げられているのがすりガラス越しに見えましたが、この箱が写植機の部品、あるいはフォントの型である写植文字盤とかが入っているのでしょうか?

入り口の守衛所も目隠しで屋根しか見えない

なかなか大きく立派な建物で、入り口付近の構造も金がかかっている印象。以前は、この門は開いていて、写真右手前に屋根だけ見える建物には守衛さんが在中していました。なので、そこだけ見ると、普通に工場の入口なのですが、ビル自体には以前から人気はまったくなく、倉庫として使っているのかな?と言う感じでした。ただ、倉庫だとしても、あまりに人気がなかったんですよね。

写研埼玉工場は、第一工場が1963年(昭和38年)に、第二工場が1965年(昭和40年)に建造され、さらに5年後第二工場は増築されたということで、当時写植機が非常に多く売れていたということがわかります。
今でこそB to Bという言葉が一般的になりましたが、いわゆる一般への販売をしない、会社対会社の業務、そして当時トップシェアを誇っていたわけですから、これだけ立派なビルを建てられるのも納得です。

4階部分まで足場がかけられていた

ちなみに写真のこの茶色のビルは、工場ではなくメインビル、とのことです。写真は撮っていませんが、このビルの向かいには、厚生棟というビルがあり(帰ってから調べたらわかりました)、当時はかなり大きな会社だったということがわかります。
また天気の良いときに、写真は撮りたいですね。

電話番号が書かれていたり、あらぬ憶測や問い合わせがあると良くないので、このブログで特段必要ない情報は隠しました。

解体は、誰しもが知っている大手建設会社の名前が書かれていました。メインビルは、工場より建造が新しいイメージですが、それでもやはり半世紀前の建造だからか、アスベスト(石綿)が使われているようで、まずは内装とアスベストの除去が行われたようです。
大手建設会社による解体、しっかりと計画を立ててアスベスト除去や内装解体から進められていて、解体費用もしっかりと計上されている印象を受けました。
まだ会社としては継続している写研ですから、倒産による解体ではなく、計画的な解体なんですよね。

またまたフォロワーさんからの情報(Twitterって特定分野に詳しい人が多く集まっていてすごいなぁと)です。

とても有益な情報を頂きました。調べると、確かに創業以来ずっと同族会社だった写研が、2018年に石井裕子社長が逝去後、同族の後継者ではなく、同社の顧問税理士の南村員哉氏が就任しています。
南村氏は、現在も税理士事務所を経営しており、フォロワーさんの解散準備…と言う話も一理あるなと思います。もちろん、このツイートを持って、解散準備中であると断言はできませんが。(フォロワーさんを信頼していないとかではないので念の為)

HPも2019年にドメイン取得しています。会社の解散準備しているのであれば、あえて今ドメインを取得するのは? フォントのデジタル化はすでに完了しているということで、最後の最後にデジタル販売を開始する…可能性も否定できませんよね?

特にフォントに思い入れはなかったYamaroですが、日本のフォントを支えてきた写研という、かつて大きな企業だったのが、今や風前の灯、というのは感慨深いものがありますね。

ちなみに、24年くらいまでは電算写植は残すとの情報ですが、電算写植機と接続されているISDN回線(写植機の使用による課金データを送っているそうです)が2024年で終了するとのことで、そこまでは稼働を維持する、逆に言うとそれ以降はISDN回線ではない代替手法を用いない限りは、写研の課金システムは継続できないということになるから、ということです。
しかしながら、すでに電算写植の新規開発などは終了し、社員も殆ど残っていない(現在何人の社員が残っているか不明)となると、現状を維持することが精一杯、ということなのでしょう。すでに電算写植機も製造しなくなって久しいですから。
ただ、個人的には、HPドメイン取得で、最後の最後に大どんでん返しのDTP化!ってのも期待しちゃいます。デザインに無知なYamaroでさえ、確かに写研のフォントは見やすくきれいだと思いますし、デザイン業界では未だファンも多いようですから。

第二工場はネットとシートで覆われていた

すでに10年以上前から稼働していなかったとされる第二工場は、ご覧のように解体に向けたネットと防音シートが張られていました。

かつては、この工場に上に誇らしげに「写研」と掲げられていましたが、今はそれも見えません。ちなみに、第一工場は、この第二工場と、先程の茶色のメインビルの間にありますが、目隠しシートに寄って現在はどうなっているのか分かりません。元々、第一工場はそんなに大きくはなかったかと思います。

ネット越しにメインビルの裏側を望む

解体工事は、2021年1月までの予定ということで、現状、まだ内部の廃材撤去中のようですが、梅雨が開けたら解体工事も本格化しそうな感じです。

これはちょこちょこ見に行かないとですね。


追記:社員数ですが、過去情報で厚生労働省のページに、こんなPDFを見つけました。労基案件っぽい内容は中身を読んで頂くとして、ピックアップすると、すでに平成19年7月(2007年)の社員数は109人、埼玉工場は30名(p12の一番下記述)、50歳以上の社員が7割ということだそうです。
つまり、それから13年経った現在、2007年当時50代だった社員はすでに退職していると思われますから、新入社員をこの間採ったかは分かりませんが、現在の社員数はそう多くないことが伺えます。