AI Nikkor 50mm f/1.2S
2018年11月作成
●特徴 |
■Fマウントで最も明るいレンズ NikonのFマウントで最も明るいレンズは、開放f値f1.2です。 Nikkor 55mm f/1.2は、1965年発売から1978年まで発売されていた、Fマウントニッコール初のf1.2の開放f値を持つ、最も明るいレンズでした。 http://www.nikon-image.com/enjoy/life/historynikkor/0049/index.html 75年に多層膜コーティング化されたNewタイプに、77年にAI化され、その1年後に後継のAI 50mm f/1.2が発売され、販売終了となりました。 AI Nikkor 50mm f/1.2は、その後1981年にSタイプ化された後、世紀をまたぎ、現代に至るまで(2018年11月時点)販売され続けている、大ロングセラー商品となっています。 2018年に大口径でフランジバックの短いZマウントミラーレスが登場したことで、開放f値がf/0.95のレンズも設計可能となりましたが、口径が比較的小さくフランジバックの長いFマウントでは、開放f値はf1.2が最も明るいレンズとなります。 また、AFレンズでは、CPU接点や基板、AF駆動メカが存在することから、後玉をMFレンズほど大きくすることが出来ないためか、現在に至るまで、Fマウントではf1.4までの明るさしか存在しません。試作としては存在したとの噂もありますが、製品化に至らなかったのは、いろいろ光学的にも工学的にも無理があったのかもしれません。 AF-S NIKKOR 58mm f/1.4GがNoctを名乗らなかったのも、MFの銘玉AI Noct-Nikkor 58mm f/1.2より暗い、というのもあったのかもしれませんね。 F2 Photomicを手に入れたことで、いやPhotomic FTNでも気になっていたのですが、ISO100のフィルムを常用となると、少しでも明るいレンズが欲しくなってきます。 ところがメインレンズはNikkor-S Auto 35mm f/2.8と、単焦点としては暗めのレンズです。Nikkor-H Auto 85mm f/1.8も持っていますが、こちらは中望遠、スナップにはちょっと長い。 Nikkor-S 35mmの描写に不足はないのですが、夕方や曇天では、シャッタースピード的に厳しいのも確か。 明るいレンズが欲しいわけです。 手持ちではCarl Zeiss Planar 1.4/50 ZF.2もありますが、MFレンズでもCPU内臓でいわゆる露出系連動のカニ爪はなく絞り込み測光となるため、せっかくPhotomicファインダーなのだから、カニ爪連動させたいのです。。 あとは単純に、オールドニッコールの描写を楽しみたい、Planarと比較してみたい、というのもあります。 ■製造時期によるコーティングの違い そんな観点から、一度は使ってみたいf1.2のレンズを探していました。古い55mmか、現代まで販売が継続されている50mmかは悩みどころです。 でも、やはり新しい50mmを使ってみたいと思いました。 新しいと言っても、1970年代後半の光学設計です。ですが、AI Nikkor 50mm f/1.2Sは、1981年以来40年近く販売されているだけあり、コーティングは改良が入っています。 78年に発売開始されたAI Nikkor 50mm f/1.2は、この時すでに多層膜コーティングされていました。81年のAI-S化後も、光学系はそのままですが、Nikonは90年代後半に、ニコンスーパーインテグレーテッドコーティングを開発、これは現代に至るまで採用されている優れたコーティングです。現在販売されている全てのレンズに、このコーティングは使用されています。 なので、スーパーインテグレーテッドコーティングが開発される前に発売開始されたレンズについても、後にスーパーインテグレーテッドコーティングに改良されています。 2000年代後半には、より要求の厳しいデジタル一眼レフに対応するためナノクリスタルコートを開発していますが、これは全てのレンズに採用されているわけではなく、中上級レンズのみの採用となっています。 というわけで、今新品を買えば、設計の古いMFレンズであっても、現行品はもれなくスーパーインテグレーテッドコーティング採用のレンズと言えますが、中古なら見極めをしなければなりません。 http://www.photosynthesis.co.nz/nikon/serialno.html#50fast このサイトでは、レンズのS/Nからおおよその年代が判別できます。ただし、このサイトの情報が正しいかはわかりません。 これによると、AI-Sの50mm f/1.2は、S/N250005 - 391172が、1981年から2005年の製造となっているそうです。これだけでも年代幅が広いですが、2xxxxxのものは、80年代の製品と見て良さそうです。 問題は3xxxxxのレンズで、後期のものであればスーパーインテグレーテッドコーティングが適用されている可能性があります。 ただ、こちらのサイトで新旧の比較がされていますが、37xxxxのS/Nであっても、旧多層膜コーティングとしていて、3xxxxxのものは一律で旧コーティングである可能性もあります。このあたりはもう少し検証してみないとなんとも言えませんが、内部に詳しいとある方によれば、上記にあげたこれらのサイトの情報はいずれも間違っていると、きっぱり否定されました。 まあ、ネットの情報は、うちのサイトも含め、鵜呑みにしてはいけない部分も多々ありますから、話半分に見ておいたほうが良いでしょう。 少なくとも、90年代の何処かで、スーパーインテグレテッドコーティングに変更されていることは明確ですし、中古の場合、コーティングの劣化で色味が変化しても不思議ではありませんので、上記ブログのみで断定はできないかと思います。 2006年以降の製造は、S/N:400069~となっていて、これは間違いなくスーパーインテグレーテッドコーティングでしょう。 2006年を境とした正確な理由は不明ですが、2006年にはEUの特定化学物質規制であるRoHS(電気電子製品に適用)、およびREACHが施行され、2007年には中国版RoHSが施行されていて、これらを前後して、Nikonのレンズも、CPU内臓のレンズは中華版RoHSの⑩マーキングが入るようになりました。 上記で挙げたレンズのS/Nのサイトを見ても、2006年を境にS/Nが切り替わっている、あるいは2005年で販売終了したレンズが多く見受けられることから、化学物質規制を境に、MFレンズや設計の古いAFレンズを中心に、コーティングを切り替えて販売継続するか、販売終了するかが決まった可能性が高そうです。 そういえば、2005年までは、Nikonにももっと多くのMFレンズがラインナップされていました。フィルムカメラも、デジタルに切り替わる次期とはいえ、この頃に多くの機種が販売終了しているのも、RoHSなどの化学物質規制と関係しているのかもしれません。 というわけで、S/Nが4xxxxxのものであれば、ここ12年の製造で、程度も比較的良いと考えます。実際、最近新品で買われた方は4xxxxxなので、このあたりは間違いないかと思います。 20年以上前の製造のレンズでは、とくにMFレンズの場合、ピントリング(ヘリコイド)のグリス切れや固着も心配されますし、カビやホコリのリスクもあります。古いほど、程度のばらつきが大きいと言えます。 なお、本ページ下の方で、古いS/Nのレンズとのコーティング比較もしています。 ■S/N:422xxxのレンズ見つかった 長いこと探しました。 なんと! 422xxxのS/Nのものが、マップカメラで元箱付きで見つかりました。 これはもうほぼ新品同様の新しいものと見て間違いない、程度も良いとの評価、何より元箱付きなので、前オーナーも雑に扱ってはいないはずです。 値段もマップカメラの場合、美品は一律して同じ金額。ならばS/Nの新しい製品のほうが良いに決まっています。 ほぼ新品と言って差し支えない商品が届きました。毎年どの程度製造しているかはわかりませんが、2006年に40xxxxから始まっていること、前述のHPでは2016年に買った新品のS/Nが421xxxだったことから、少なくとも2010年代製造と見て良いでしょう。 メーカー保証書のみ欠品ですが、そこはマップカメラさん、6ヶ月の保証付きです。もっともCPUも内蔵していない本レンズで、不具合が発生する可能性はほぼないと言って良いでしょう。 なおマップカメラでは、その時37xxxxのS/Nのものも、美品で同じ値段で売られていましたが、当然より新しいS/Nをチョイスさせていただきました。 元箱は現代のFマウントニッコールレンズ用のデザインそのものです。旧タイプの箱はFの大きなロゴマークと共に、レンズ名の文字が大きく、フォントも異なっています。 ■純正フードは2種類選べる 今でこそ、レンズフードは標準搭載のレンズが多いですが、この時代のレンズはレンズフードが別売りとなっていました。 ラバーフードHR-2か、スプリング式のHS-12が指定されています。いずれ現代のレンズで多いバヨネット式ではなく、フィルタ枠を使って装着します。 面白いことに、AI 50mm f/1.4Sでは、指定フードはHR-2とHS-9となっていて、フィルタ径が同じ52mmで、同じ焦点距離50mmのレンズなのに、なぜかスプリング式フードのみ、指定型番が異なるのです。 寸法が不明ですが、微妙にサイズが違うのでしょうね。 リアキャップは残念ながらLF-4が付属せず、Nikonの安価なレンズやキットレンズに見られる半透明の蓋になります。 まあ、リアキャップは安いですし、ジャンクショップでいくらでも転がっていますし、今ならサードのキャップもネットで買えます。 ■実は高い解像度 このレンズでよく言われるのが、絞り開放は解像度が緩くてフレアが買った絵になり、絞ると高解像度になる、ということ。 しかし、いろいろな作例を見ると、絞り開放でも決して解像度が低いわけではないようです。 絞り開放や、少し絞ったf1.4では、フレアっぽくふわっとした描写になりますが、ピントの合っている場所は、きちんとピントの芯が出ているのがわかります。 これは主に球面収差による影響で、ピントの合っている部分の周辺に、レンズ周辺からの光がピント位置がずれて集光されるためで、絞ることにより解消されます。 http://www.nikon-image.com/products/nikkor/about/technology.html#as 球面収差は、現代では非球面レンズ(アスフェリカルレンズ)を使用することで、効果的に抑制しますが、このレンズの発売当時、すでに非球面レンズは存在はしていたものの、当時の技術では大量生産に向かず、またコストも高かったことから、AI NIKKOR 50mm f/1.2では採用されていません。 ちなみに、上記HPにもあるように、世界で初めて非球面レンズを採用した35mm一眼レフカメラ用交換レンズがOP Fisheye-Nikkor 10mm F5.6で、1968年のことでした。 このレンズはもはやコレクターズアイテムとなるほど希少なレンズです。 一般的に非球面レンズが量産されるようになったのは、90年代になってからです。 英語のサイトですが、こちらのページでも非常に高く評価されています。作例もありますので、合わせて見てみてください。 |
AI Nikkor 50mm f/1.2S | |
発売年 | 1981年9月 |
レンズ構成 | 6群7枚 |
焦点距離 | 50mm |
最小絞り | f16 |
絞りバネ枚数 | 9枚 |
最短撮影距離 | 0.5m |
絞りリング | あり(AIガイド/カニ爪あり) |
絞り方式 | 自動絞り |
最大撮影倍率 | 0.12倍 |
フィルターサイズ | 52mm |
質量 | 360g(フード除く) |
全長 | 59mm |
●使用感 |
■最新レンズも見習ってほしい質感 古き良きMFレンズですが、手にとって見てその質感にびっくり。 今までもAIレンズは中古で数多く使ってきましたが、このレンズはその中でも群を抜いて素晴らしいです。 フォーカスリングの適度なトルク感、絞りリングのクリック感、どれをとっても高級感あふれる感触です。それでいて定価は税抜きで¥75,000です。 正直、このレンズの倍以上する現行レンズでも、これほどの質感はありません。AF-S 58mm f/1.4Gも、このレンズの倍以上の値段がするのに、余り高級感を感じさせない外装なのです。 塗装の質も、恐らくは販売開始時より向上しているのでしょう。 80年代製造の同レンズと比べても、新しいS/N:4xxxxxのレンズは、塗装の質が良くなっていて、塗膜の均一性や表面のつや消しの質感は、新しいレンズのほうが向上しています。 古いレンズは、経年劣化でフォーカスリングがスカスカ、あるいは逆に固くなっていることもあります。本レンズのように、40年も継続販売されていると、初期と現行では公表されない変更点も多々あるかと思います。 新しいもの、古くてもOHされたものをおすすめします。とにかく質感が最高です。 ■最強の互換性 伝統のFマウントらしさをしっかりと感じさせるのが、通称「AI/AI-Sレンズ」でしょう。実はMFレンズという点を除けば、最も互換性が高いのです。 AI以前のレンズは、Dfを除くほとんどのボディで、装着できないという制約があります。逆に、最新のGタイプやEタイプレンズは、絞りリングがないために、MFフィルムカメラで事実上使用できない(絞り開放のみでは撮影は可能)です。 それに比べると、AI/AI-Sレンズは、Nikonの全てのFマウント一眼レフで使用、撮影が可能で、一部機種で露出計が動かない以外は、どのカメラでも装着して撮影が可能です。 ■フルサイズデジタル一眼レフなら絞り値も反映される 一部上級DXフォーマット機とフルサイズ機では、カメラ側にレンズの情報を登録することで、AIガイドにより絞りリングを使っても、絞り値がボディに反映され、Exifにもデータが残せます。 このため、距離情報は伝達できないものの、マルチパターン測光に対応します。残念ながら、ZマウントのマウントアダプタFTZでは絞り値を読み取るAIガイドがないため、そのようなことが不可能となっています。 CPU非内蔵のため、絞り設定は絞りリングのみで行いますが、マニュアルレンズにおいては、絞りリング絞り操作し、ピントを合わせて撮影する、という一見昔ながらの面倒なやり方が、被写体とじっくり向きあえる良い撮影テンポを与えてくれます。AF-S GタイプやEタイプレンズに慣れた身にとっては、この操作系は新鮮さを覚えます。 |
S/N:422xxx(画像では伏せていませんが)の、比較的最近の製造のもの。 絞り羽根は9枚だが、この時代の設計のレンズは、まだ円形絞りは採用されていない。 |
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この時代のレンズフードは、レンズ付属ではなく別売りでした。 このレンズには、純正ではラバータイプのHR-2、または本レンズ専用のスプリング式フード HS-12が適合します。 ラバー式は質感がアレなので、HS-12を購入。 スプリングが硬く、ややつけ外しし辛いのが難点。 |
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コーティングの色検証のため、ニコンミュージアムにある展示機のレンズと比較。 厳密に言うと、このF2 Photomicに装着されているレンズはAI-S化以前のAIタイプ。 ただ、レンズ光学系は同一、コーティング自体はもAI-Sと同じと思われます。 新旧比較した結果は、コーティングの色味は同じに見えました。 もちろん厳密な比較ではなく、あくまで感覚的なものです。 とは言え、コーティングの色が違ったとすれば、特性も変わってくるとのことですし、 経年劣化もあるので、新旧コーティングの差は、見た目やS/Nでは判断できないと思われます。 現在新品で購入した場合、MFレンズもニコンスーパーインテグレーテッドコーティングであることは確か。 |
●描写・作例 |
最近のNikonのレンズが、3次元ハイファイに基づく設計となっていて、二次元のチャートやMTFだけでは判断しないレンズ設計となっていますが、このレンズもそれを感じさせ、何十年も前から実はそうした設計が根付いているのではと思わせます。 実は、設計の古い大口径レンズなので、余り大きな期待はしていませんでした。 すでに所有している、Carl Zeiss Planar T* 1.4/50 ZF.2のように、絞り開放では甘い描写、絞ればカリッと高解像度、というこの時代の標準レンズによくある描写と思っていました。 それはある意味間違いではありませんでした。 が、絞り開放で甘い描写と言われていたものが実は、球面収差による影響ではあっても、ピントの芯はしっかり出ているのです。つまり、甘い描写という言われ方から想像する、解像感のない描写とは一線を画します。 確かに、開放では、一見ふわっとして、少しコントラストが低く、周辺減光が大きいので独特の描写になりますが、決して解像感は失われていないのです。 繊細な描写で、ポートレイトに最適です。 そして、ほんの少し絞るだけで、球面収差は解消し、f2付近では球面収差の影響は殆どなくなり、f2.8でほぼ球面収差はなくなります。 更にf4~5.6で解像度のピークに達する感じで、このレンズは開放からf5.6付近で被写界深度をコントロールしながら使うのがベストでしょう。 |